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レキオ島唄アッチャー

松山公園を歩く、袋中上人碑

 那覇市の松山公園を久しぶりに訪れ、散歩した。ゆっくりと園内を回ってみると、いくつもの史跡と石碑、湧水などに出会った。過去1、2度来たことがあったが、素通りしていた。改めめて紹介する。

袋中上人行化碑(たいちゅうしょうにんぎょうげひ)

    袋中上人の碑

しっかりと柵で囲われた中に石碑が見えたので、何かなと思って近づいてみた。碑文はよく見えないが、脇の標柱を見ると「袋中上人行化碑(ぎょうげひ)」と刻まれている。

袋中上人は、中国に渡ろうとしたが上陸を許されず、琉球に漂着した。念仏を唱えればだれでも救われるという浄土宗を広めたことで知られる。

石碑横の説明板には次のように書かれている。

慶長8年(1603)、浄土宗の僧、袋中上人が縁あって来琉。法然上人念仏の教えを広め、故郷・若城(福島県)の「じゃんがら念仏」を普及、現在沖縄の伝統芸能「エイサー」となる。
            
DSC_0024_20190711144724808.jpg

時の琉球尚寧王は上人に深く帰依、桂林寺を建立。ここ松山公園はその跡地である。

 この跡地において、平成16年(200427日袋中上人沖縄開教400年を記念し、上人顕彰・頌徳(注・しょうとく)の慶讃法要ならびに、第2次世界大戦戦没者諸精霊位の冥福を薦めるため、仏教各宗派寺院・檀信徒等、約3千数百名の参加を得、俱会一処の法楽を奉修した。

  願わくはここ沖縄の地に世界平和念仏が弘通され、すべての人々の心に安らぎがもたらされることを期しこの小碑を建立する。>

            袋中上人の碑全体 
  数年前に福島の「じゃんがら念仏踊り」を見たことがあるが、伝統的な古いエイサーとよく似ていたことを思い出す。

 


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コメント

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2020-12-20 Sun 15:10 | | [ 編集 ]
お読みいただきありがとうございます。
写真はどうぞご自由にお使いください。
2020-12-21 Mon 22:43 | URL | 沢村昭洋 [ 編集 ]

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