レキオ島唄アッチャー

変容する琉球民謡、八重山から本島へ。「祖平花節」

 「祖平花節」(スィビラパナブシ)
 この歌は、波照間島で作られた曲である。歌には伝承がある。昔、波照間島の名船頭といわれた祖平宇根が人頭税を積んだ公用船の船頭に抜擢され航海を続けていた。ある年、熱帯的気圧に遭遇し、中国に漂着した。3年間滞在した間に、恋仲になった女性が遠視できる霊感持ち主で、波照間島の「風水」「航海安全図」を与えられ、無事帰国した。
 村の役人、古老らと協議し、風水図を基礎に(湊から名石村までの)「祖平花道」の新道路を開通した。浜から上がると「火の神」を建て、上方には「ビッチェル御嶽(拝所)を創建し、船の出入りの時は、航海安全を祈願し感謝することにした。以後は航海も安全になった。歌は、開通の喜びのあまり作られた即興詩だと伝えられている(喜舎場永珣著『八重山民謡誌』)。
 「祖平花節」の歌意は次の通り。
 ♪祖平花道を サーサー 縁起のよい道を サーサー 
 ※シュラヨイ シュラヨイ キユ スィディル ダキヨー
 ♪どなたをご案内するのですか どのお方をご先導するのでうか ※以下同じ
 ♪守る王府のお役人をご案内します お役人様をご先導いたします
 ♪首里王府のお役人の後ろを お役人様のお側を
 ♪私女頭(ブナヂゥ、女性の下級役職)役がお供します この私、
女性が後ろに付き添います
 ♪アシゥヤキャー(役人の宿泊所)にお供します お宿までご案内いたします
 この歌は、首里王府から派遣された役人を迎え、港から島の中心部に位置する名石村の宿泊所まで案内する道行の情景を描写している。
 「祖平花節」が元歌と見られるのが本島の「南嶽節(ナンダキブシ)」である。舞踊曲「貫花」で「武富節」「南嶽節」がセットになっている。
         
 本島の「南嶽節」の歌詞は、まったくの替え歌である。「南嶽節」は次のような歌意である。
 ♪打ち鳴らし鳴らし 四つ竹は鳴らし 鳴らす四つ竹の音の美しさよ
  ※シュラヨゥイ シュラヨゥイ キユ スィディナンダキヨゥ
 ♪今日は行き逢えていろいろ遊びをして 明日はあの人の面影が立つと思えば
 「南嶽」が何を意味するのか不明だ。歌詞の中には題名にかかわることは全然出てこない。ただし、囃子の部分だけは、ほとんど同じである。囃子の最後の「ダキヨー」が「ナンダキヨゥ」となっているだけの違いである。この「ナンダキヨゥ」に「南嶽」の漢字を当てて題名としたのかもしれない。
スポンサーサイト

島唄 | コメント:0 | トラックバック:0 |
<<力道山を指導した沖識名 | ホーム | 変容する琉球民謡、八重山から本島へ。「真栄節」>>

コメント

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

| ホーム |