レキオ島唄アッチャー

変容する琉球民謡、八重山から本島へ。「まるま盆山節」

 「まるま盆山節(マルマブンサンブシ)」
 とても軽快で弾むような独特のテンポと旋律の曲で人気がある。八重山民謡の中でも、あまり類似した曲調がみられない個性的な曲である。西表島西部の祖納村(ソナイムラ)の前に広がる入り江を池に見た立て、そこに浮かぶ築山・盆山に見た情景を描いている。
 「まるまぼんさん節は(1670年頃)錦芳6代目慶田城用見が(西表島)慶田城村役人の時代に作詞作曲され伝承されたものと地元では伝えられている(西表島民謡誌と工工四、石垣金星著)」(伊良皆高吉氏、「沖縄音楽三線教室」ホームページから)
 歌意は次の通り。
♪盆山のようなマルマ(丸島)を 夕暮れ時に眺めると 風向きを察知して 風下の木に止まっている白鷺
 ※ヱイヤラヤンザー サーヱーヱーイヤー ハーリバサーヌシ ヒヤマーアッタン タヌムジュー
♪阿立(アダティ))、大立(ウフダティ)、宇嘉利(ウカリ)に下原(ソンバレ) 真山、浮道 成屋、
 船浮の村々 ※以下同じ
♪祖納の入江に立っている 標木の上で 魚を捕えようと 構えている海鵜
♪離れ島の水路で艪を漕ぐ あの舟この舟を眺めていると 声を揃えて(響きわたる)
 艪の音や掛け声(の勇ましいことよ)               
                    
 この曲は、入江の小島の風景から、ねぐらを定める白鷺、木の上から魚を狙う海鵜、舟の艪を漕ぐ音や掛け声まで見事に描かれている。その現場に立ち会って情景を見るような趣がある。それに、お囃子もとてもユニークで面白い。

 この曲は本島では、「たのむぞ節」として歌われる。ところが、題名は八重山の元歌の囃子の部分「タヌムジュー」が、「頼むぞ!」と聞こえることから「たのむぞ節」となっているようだ。歌詞はまるっきり別物である。
 「たのむぞ節」の本歌の歌詞は次の通り。
 ♪小学から読で 大学中庸 論語孟子に 五経まで読で
 ※ヤエイヤラヤエイサ サヤエイヤ ハレガコノエ ヒヤマツタモ
 歌意は次の通り。
 ♪小学から読み 大学、中庸、論語、孟子に五経まで読んだ
 「まるま盆山節」とは似ても似つかない歌詞であり、ビックリである。
 ここに上げられているのは、いずれも中国の儒学の書名。とくに重要とされる「四書」として「大学」「中庸」「論語」「孟子」、「五経」として「易経」「書経」「詩経」「礼記」「春秋」を言う。朱子学ではさらに「小学」も入るとか。
 本歌は、「琉球王国時代の青少年の学問の経路を歌ったものだと言われる」(『琉球芸能事典』)。
 この本歌以外にも歌われる歌詞がある。歌意は次の通り。
 ♪東が明るくなれば 髪を結んで友だちを連れて 学問を習いに行くのか
 ♪頑張って勉強して「六芸」を習って 首里王府にご奉公 さあ私が先に立ちたい
 ♪ご奉公を務めて 扶持を戴いて 親に孝行することこそ本意です

 首里の士族の子どもがしっかり学問に励み、王府に奉公する、親に孝行することを歌った曲になっている。子どもにたいし「頼むぞ!」という期待と励ましの思いを込めているのだろう。
 「まるま盆山節」の囃子が「タノムゾ」と聞こえるといっても、元歌の囃子は「頼むぞ」という意味とは関係ない。この歌の地元、西表島祖納では「タヌム」ではなく「タムヌ」と言い、薪のこと。「ジュウ」は、薪が心地よく割れた時の音を「ジュウ」と呼んでいる。「木の根を上にして立てて、斧を振り下ろして当てた時一発でパサッ(ジュウ)と割れた時など例えようのない嬉しさを感じ、埃に思うほど愉快である」(伊良皆高吉氏)。お囃子もとてもユニークである。
 でも、薪を割る音「タヌムジュ」が転じて「たのむぞ」になるとは、民謡は、なんとも奇異な変容をたどるものである。
「これも比較的近年に琉球古典音楽の工工四(楽譜)に組み込まれた歌であろう」(同書)とのことである。
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