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レキオ島唄アッチャー

「安里屋ゆんた」の不思議、その1

「安里屋ゆんた」の不思議

 八重山民謡の名曲「安里屋ゆんた」は、歌の舞台である竹富島とそれ以外の島で歌われているものは、歌詞が異なることについてこのブログ「愛と哀しみの島唄」でも書いた。それは、竹富島の安里屋の美女、クヤマさんが島に赴任してくる役人の賄女に望まれるが、竹富島で歌われる歌詞では「目差主(村の助役格)は嫌です 当たる親(与人、村長格)には仕えます」という内容である。ところが、竹富島以外では、「目差主は嫌です、当たる親も嫌です」ときっぱりと断り、「夫には島の男をもつことが後のためになる」と歌う。とても誇り高い女性に描かれている。
 
 竹富島とそれ以外の島で歌詞が異なる
 當山善堂氏の近著『八重山の芸能探訪―伝統芸能の考察・点描・散策』を読んでいると、「安里屋ゆんた」について、新たな視点による解釈を提起していた。「反権力のクヤーマニ像に共感」と題する論考で、以下のようにのべている。
《「賄女」を歌った八重山の伝統歌謡といえば<安里屋ゆんた>があり、それを基に出来たとされる端麗な二揚調の<安里屋節>がある。この歌のヒロインは、言わずと知れた「クヤーマニ」である。
(注・當山氏は、一般には「クヤーマ」であるが、<安里屋ゆんた(節)>では「クヤーマニ」となっている、としている)。
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                 竹富島、安里屋のクヤマの生家
 喜舎場永珣著『八重山民謡誌』所収の<安里屋節>や竹富島に伝承されている<安里屋ゆんた><安里屋節>の内容は、クヤーマニが目差主(めざしぅしゅー、村の長の補助役)の求愛を拒み、当(あ)たる親(うや、与人=ゆんちゅ、村の長)の求愛を受け入れたことから、腹を立てて目差主がクヤーマニよりも美しい「イスケマ」を見初めてめでたく結ばれるという筋立になっている。…クヤーマニは下級役人を拒絶し、上級役人を受け入れているのである。
 ところが、竹富島以外の各地で歌い継がれている<安里屋ゆんた(節)>は、どの文献をみても、クヤーマニは「目差主や ばなー んぱ 当たる親や 此(く)れー ゆむ(目差主は 私は否(いや)です 当たる親は 私は嫌(いや)です)」と一貫して役人の求愛を拒絶しているのである。喜舎場はこれらの歌詞の相違に言及し、竹富島の伝承が正しく、その他のものは絶対権力を有していた役人に背くことの出来なかった封建制度下の時代背景を無視した、後世の人たちによる改作であると否定的に捉えている。果たしてそうだろうか、とまたしても疑問がわく。》
 當山氏は、竹富島の伝承が正しく、その他の島で歌われる歌詞は後世の人による改作だという喜舎場氏の説明に強い疑問を投げかけている。批判を次の三点にわたりのべている。

 「当りょ親」は目差主の対句
 《一つは、喜舎場は上句の「目差主」と下句の「当たる親」を別々の役人と見なし、「当たる親」を「与人」と訳しているが、それは八重山の伝統歌謡の対語・対句の原則に照らして不自然であり、また下級役人の「目差主」が先に描かれ上級役人の「当たる親」が後に描かれているのも据(す)わりがわるい。ここは「当たる親」は上句を受けた「当の役人」「当該役人」、すなわち目差主その人だと素直に解釈するべきであろう。そうすると下句の「当たる親や 此りや おいす」の「此りや おいす(私は仕えます)」の部分が、いかにも唐突・不自然であることが浮き彫りにされる。この部分は「当たる親や 此りや ゆむ(当たる親=目差主は 私は嫌です)」とすればその後の物語は一貫した展開を示しすっきりする。つまりここに登場する役人は「目差主」だけだということになるわけである。

 二つには、当たる親を上級役人の与人だとして、クヤーマニがその求愛を受諾していたとするなら、下級役人の目差主が上級役人・与人の選んだ女性に横恋慕するだろうか、という疑問がわく。…
 三つめは、一、二と矛盾するが、伝統歌謡の内容を歴史的事実や背景と結びつけ、論理的一貫性を求める解釈方法は必ずしも適切ではないのではなかろうか、という考えである。…
竹富島ゆかりの多くの人が、クヤーマニは上級役人の与人に身を捧げたとする伝承・文献があるにもかかわらず、役人の求愛をきっぱり拒んだ素晴らしい女性だと誇りにしている。その気持ちを共有したいと私も思うし、喜舎場永珣の否定した「改作」とされる多くの文献資料や各地で伝承されている歌に描かれているクヤーマニこそ、大多数の人々の共感を呼ぶ女性像だと言えよう。
 以上のことから、伝播の過程でわれわれの祖先がその時代の息吹を取り入れながら「手直し・改作」してきたとすればその趨勢を肯定的に捉えるべきではないだろうか。》

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