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レキオ島唄アッチャー

八重山と宮古の民謡の交流、その5

 原曲は「とーがにあやぐ」か?
 八重山の「とーがにしぅざ節」をCDで初めて聴いてみた。「あれっ、これはよく知っていて歌っている曲じゃないか」とすぐに思った。その旋律で歌が頭に浮かんだのは、宮古の「とうがにあやぐ」(とうがに)だった。宮古を代表する名曲である。宮古から伝授された歌が「とーがに兄」か「とーがにあやぐ」かは「判然としない」とされるが、私の聴いた印象からは旋律は「とうがにあやぐ」と驚くほどそっくりである。工工四(楽譜)で比較してみると、三線の譜面は、前奏から少し異なるように見えるけれど、声楽の音程はほぼ同じ旋律の流れである。それに一つの歌謡の前半を歌うと、途中、短い間奏を入れ、後半を歌うというスタイルもそっくりである。元歌は「とうがにあやぐ」ではないかと直感した。

            
       
  
 改めて「とうがにあやぐ」について、少し触れておきたい。
 <宮古の人々から愛される「とうがにあやぐ」は、先人から今日に至るまで脈々と人々の魂とともに継承され、宮古の代表的な 「あーぐ」として唄われ親しまれてきました。まさに宮古人魂(気質)を如実にあらわす唄であり、古くから祝宴の席等では必ず唄われ、生気溢れる座開き唄としても定着している。
 また、この唄の歌詞の中にあるように「世の中を照らす太陽のごとく、国々、島々の津々浦々まで照らし覆っておられる我が尊い御主の世は、根の生えた岩のようだ」と故郷の統治者の安泰を讃えた、宮古の人々の宇宙観、世界観を壮大なスケールで表現した唄であり、宮古人として誇りとすべき文化遺産である。(「とうがにあやぐ歌碑建立の趣旨」から)>
 
 いま宮古全域で歌われている歌詞の中から「御主が世」を紹介する。
 「大世(うぷゆー)照らし居す゜ まてぃだだき 国ぬ国々島ぬ島々 輝り上がり覆(うす)いよ 我がやぐみ御主(うしゅ)が世や根岩(にびし)どうだらよ」
 (世の中を照らす太陽のごとく、国々、島々の津々浦々まで照らし覆っておられる我が尊い御主の世は、根の生えた岩のようだ)
 歌詞と歌意は「とうがにあやぐ歌碑建立の趣旨」から紹介した。
                    
 
 「とうがにあやぐ」の歌詞は数え切れないほどある。外間守善氏編著の『南島歌謡大成(宮古篇)』には、宮古全体と狩俣、池間島で歌われている歌詞が掲載されているが、83首に及ぶ。これらの歌詞を見るかぎり、八重山の「とーがにしぅざ節」と似通った歌詞は見当たらない。八重山に伝授された当時、どのような歌詞で歌われていたのかは不明である。八重山では独自に歌詞が作られたのだろう。

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