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レキオ島唄アッチャー

八重山と宮古の民謡の交流、その4

 宮古から八重山に伝わった「とーがにすざ」
 宮古の「トーガニ」が八重山に伝わり「とーがにすざ」として歌われている伝承がある。
 <喜舎場永珣著『八重山民謡誌』によれば、その昔、宮古の役人から伝授された「宮古トーガニ」が八重山の土壌で洗練され、今では八重山民謡トーガニスザーとして定着しみんなから親しまれた歌になっている。このトーガニスザーも歌から受ける感じは宮古的というよりむしろ、八重山的である(新崎善仁著『八重山民謡の考察』)>
 八重山の「とーがにすざー節」は、手元にある八重山古典民謡工工四(楽譜)に掲載されているが、まだ歌ったことも、聴いたこともなかった。

 次のような歌詞である。
 1、とーがにすぃざー 宮古ぬ美ら島からどぅ 出でぃだる とーがにすぃざーヤゥ
沖縄から八重山までぃん はやりたる とーがにすぃざーヤゥ
( トーガニシゥザ 宮古の美しい島から生まれで出たトーガニシゥザよ
  沖縄島から八重山までも評判になっているトーガニシゥザよ)
 2、一本松ぬヤゥ実るぃば落て 二本むや唐船ぬ柱なるとぅん
 うらが上にゆく肝持つぁでぬ 我やあらぬ
(一本の松の木の実が落ちて 二本の松の木が生えて生長し唐船の柱になっても
貴方に邪(よこしま)な 気持ちを抱くような私ではない)
 3、あねるがじまる木ざぎどぅ 髭ば下れ石ば抱ぎ ふどぅべーいくさ
 うらとぅ我とぅや うら抱ぎ我ぬ抱ぎふどぅべーいから
(あのようなガジュマルの木でさえも 気根を下ろし石を抱き生長していくのだ
 貴方と私とは互いに心ひとつに手を取り合って 愛を育んで行こうねえ)
 4、うらとぅばんとぅやヤゥ 天からどぅ夫婦なりで ふきゆい給れる
 後から見りゃん 前から見りゃん夫婦生りばし
(貴方と私とは天(神様)から夫婦になりなさいと 標結びを賜わった 後ろから見ても
 前から見ても天の配剤よろしく似合いの夫婦であるよ)
  歌詞は大浜安伴編著『声楽譜附八重山古典民謡工工四』、歌意は、當山善堂編著『精選八重山古典民謡集(三)』による。
          
 この曲の題名について、當山氏は次のように解説している。
 <「トーガニ」は、宮古の抒情的歌謡の一形態。「シゥザ」は「シゥディルン(巣出る・生まれる・孵化する→再生する・栄誉に浴する)」を語源とする語で、「羨ましいなあ・いいなあ・めでたい」などの意(略)。宮古民謡に〈とーがに兄〉があり、その歌との関連があるとすれば「シゥザ」を「兄」と解釈することも出来るが、ここでは上記のように解釈したい。
以上の語意から、「トーガニシゥザ」は「トーガニ」という歌の、なんと素晴らしいことよ、なんと誉れ高いことよ」というような解釈が成り立つ。よって、ここでは「シゥザ」は「トーガニ」という宮古生まれの歌謡の様式を褒め称える尊敬接尾語と解釈した。(當山善堂著「精選八重山古典民謡集」〈三〉)>
 
 確かに宮古島では「スザ」は「兄」という意味とされているが、八重山のこの曲は、「シゥザ」を「兄」と解釈すると歌の意味がなんか通じない。當山氏の解釈が妥当のように思う。
 「とーがにしぅざ節」について、當山氏は次のように解説している。
 <この歌には、次のような伝承がある。すなわち、八重山民謡の〈あがろーざ節 〉節が宮古に伝授されて〈東里真中〉となり、お返しに宮古民謡の〈とーがにしぅざ〉が八重山に伝授されて〈とーがにしぅざ節〉になったという。その真偽のほどはさておき、八重山民謡の〈とーがにしぅざ節〉と関連があると思われる宮古民謡には〈とーがに兄(すぅざ)〉と〈とーがにあやぐ〉があるが、いずれなのかは判然としない。
 八重山歌謡の〈とーがにしぅざ節〉は、古い歌詞集には見当たらず八重山伝統歌謡としての歴史は浅いが、歌い継がれる中で八重山の風土にしっかり根づき、近年は「節歌」の仲間入りを果たし、ゆるぎない存在感を誇示している>

  この曲の歌詞を見ると、確かに一番の歌詞で「沖縄本島から八重山までも流行っている」と歌われているので、宮古から八重山にも伝わり歌われていることがわかる。

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