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玉城デニーさんの素顔

 亡くなった翁長雄志知事が生前、玉城デニー衆院議員について「玉城デニーさんは戦後沖縄の歴史を背負った政治家」として期待をしていたそうだ。翁長さんのこの言葉にはどんな意味合いが込められているのか、よく分からなかった。だが、玉城デニーさんの生い立ち、経歴を知るとその意味がよく分かった。

 今回、玉城デニーさんは翁長知事の遺志を受け継ぐと明言されている。各家に配られた「平和・誇りある豊かさを! ひやみかちうまんちゅの会」ニュースに玉城デニーさんの生い立ち、人柄について書かれていたので、そこから紹介したい。

 <二人の母に育てられたアメリカ系ウチナーンチュー

 玉城デニーさんは、アメリカと琉球、2つのルーツを持つアメリカ系ウチナーンチューです。戦後の沖縄の歴史をダブルで受け継ぐ、わんぱくな子ども時代を過ごしました。昼夜を問わず仕事に励んでいた実の母親と、その間に面倒を見てくれた育てのお母さんに見守られて育ち、「僕には2人の母がいる」と語ります。育てのお母さんを「おっかあ」、実のお母さんを「アンマー」と呼んで育ったデニーさんは、「2人のお母さん」にいまでも感謝をしています。>


 <ひたむきな沖縄への原点

若い頃は経済的にも苦しい時期もありましたが、ロック・ミュージックに没頭し、いつでも前向きな気持ちでいたそうである。福祉職、内装業、音楽マネージャーなど、様々な職を経験しましたが、「自分も誰かを幸せにしたい」という気持ちが根本にありました。ラジオ・パーソナリティーやタレント活動を行なううちに、地方自治に関心を持ち始め、政治の道に進むことを決意。市議会議員1期務め、国会議員に転身後も、「ひたむきに沖縄」の政治信念を貫いています>

 

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