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レキオ島唄アッチャー

ニライカナイはどこにある。実在する穴

 実在する「穴」

 吉成直樹著『琉球民俗の底流』の紹介に戻る。

吉成氏は、地底から穴を通して「にらい大主」が出現し、また太陽神「あがるいの大主」が「てだが穴」から出現するというように、地底の神々は「穴」から出現するという観念が認められる事例が実際に存在するとして、以下のように紹介している。。

<仲松弥秀の『神と村』(新版)の装丁のおもて表紙には、「玉城城の穴型岩くりぬき門」の写真があり、うら表紙には次のような説明がある。
                         玉城城跡

 

 「南島沖縄においては、神の世界と人間の世界は、穴でつながっていると想像されている。この穴は『てだが穴』という。神はこの穴を通られて人間の世界に出現されるのである。沖縄の神祀るグスク・御嶽には、この写真のように岩をくりぬき、あるいは積石造りの、穴をかたどったアーチ型の門が設けられているのが見られる」…

 いずれにしろ、なぜ神々の世界と人間の世界が穴で結ばれているのかということを考えれば、神々は地下に通じる穴から出現するからということのほかには考えられない。(『琉球民俗の底流』)>

 
  私も、南城市の玉城城には、沖縄に移住してすぐにでかけたことがある。このアーチ型の石門は、夏至の日には太陽の光が穴から差し込むそうだ。ニライカナイに通じていると考えられたのだろうか。主郭跡には、天つぎあまつぎの御嶽(雨粒天次御嶽)などがあり、聖地でもある。
 沖縄の城(グスク)には、アーチ型の石門がある。とくに、中城城跡や座喜味城跡などは見事なアーチ門で印象深い。玉城城のアーチ型石門がその原型だったことになる。
 アーチ門は、御嶽にもあるとのべているが、そう言えば各地の御嶽を見た時にも、石積みのアーチ門をよく見かけた。那覇市首里当蔵の安谷川嶽(アダニガータキ)も立派なアーチ門がある。説明板には「宝珠をのせたアーチ門は拝殿の役目をし、左右に連なる石垣によって境内を内と外に分けています」と記されている。

                        039.jpg 
  石垣島の美崎御嶽も、御嶽の周囲は石垣がめぐり、中央部には宝珠をのせたアーチ型石門がある。首里城の
園比屋武御嶽門(ソノヒャンウタキ)に類似するといわれる。やはり「拝殿にあたる」と説明されている。このアーチ門は、拝殿であると同時に、神が通られて人間の世界に出現する穴をかたちどった門を意味しているのだろうか。

                          248.jpg   
                          写真は石垣市美崎御嶽のアーチ門
 
 鳥越憲三郎氏は御嶽だけでなく、村落を開き創建した家・根所にも神の出入する門があるする。

<根神なる巫女は、最初から根神という名称のもとに発生したものであった。…巫女達は現在においてもなお祭祀の際には完全に神としての自覚を持つとともに、一般民衆もまた同じ信仰を抱いているのである。…

 根所とか旧家などでは、一般日常生活の際に用いる通常門のほかに、垣根の他の側に小さな門が造られている。この門(じょう)は神の出入する門であると信じられていて、祭時の時の巫女はこの門から出入りするが、この時の彼女は神として意識して行動している。(『琉球古代社会の研究』)> 
 これらのグスク、御嶽、根所のアーチ門も「神の世界と人間の世界は、穴でつながっている」「神はこの穴を通られて人間の世界に出現される」という共通の意味合いをもつ存在だったのだろう。


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