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レキオ島唄アッチャー

南島に現れる仮面、仮装の神々、ムックジャー

 竹富島のサングルロウ
 アカマタやマユンガナシのような神事がない竹富島には「サングルロウ」という神が登場するという。
 <竹富島では、旧暦10月の種子取に行なわれる芸能の中に、シュロの皮でつくられたヒゲで顔全体をおおいかくしたサングルロウが登場する。種子取は稲作の豊穣予祝祭であり、顔をかくして出現するサングルロウは、古くは豊穣をもたらす来訪神だったのであろう(外間守善著『南島文学論』)。>

  本部町伊野波の秘儀ムックジャー
 これまで沖縄の先島ばかり見てきたが、沖縄本島にも草装神の登場する祭祀があるらしい。本部町伊野波のムックジャーだという。
 <沖縄本島北部やその周辺の離島にシヌグと呼ばれる神祭り(豊漁・豊穣予祝祭)があることは広く知られているが、本部町の伊野波では、そのシヌグ祭(旧暦7月末に7日間行なわれる)の中で、ムックジャーと呼ばれる秘儀が行なわれている。秘儀をムックジャーまたはムックジャー踊りといっているが、登場する来訪神もムックジャーといっている。ムックジャーとは、土地の方言で、もつれあう、もつれあっている者、という意味である。
 昔のムックジャーは、顔全体、体全体に草をまとっている草装神だったと古老たちは伝えている(外間守善著『南島文学論』)。>
 

<祭当日、集落内の18歳になる男女が、それぞれ顔を覆面し、肩に青みかんの籠を掛け、右手にクバ、左手に竹杖を持って祭の庭に出てくる。これは、夫婦の神を表現しているらしく、村人はこれを手を拍って出迎え、集落の代表者である大役(うふやく)がうやうやしく二人の前にまかり出て挨拶をする。と、神がこれに対して集落の豊作を祝福することばを述べ、やがて二人は、集落の婦人たちの踊る臼太鼓の踊りの輪の中に入って所作をし、そのうち、二人はぴったりと抱き合って、尻を振り振り交接のさまを模擬する。そして、村人たちの注視の中に、アシャゲの方へ消えていくのである。(三隅治雄著『原日本・沖縄の民俗と芸能史』>

この儀式は、「男女が性交のさまを露骨に演じることでものの生殖を暗示し、それが田畑に感染せしめて、穀物の生殖生産をうながそうとする呪術なのであろう」と三隅氏は解説している。

 

ただし、ムックジャーは、二つのいい伝えがあって定まらないそうだ。一つは「たいへんみすぼらしい姿をした人間である」といういい伝えと、もう一つは「村に幸福をもたらしてくれる神である」といういい伝えである。外間氏は「二つのいい伝えはともに正しいと思う」とのべている。


 <異界からの来訪神は、荒海を渡り歩いて漂泊の旅をしてきたいわゆる「まれびと」である。やせ衰えるほどにやつれ、みすぼらしい風体であったと思う。それがたどりついた島や村に居ついて、漁撈や稲作に関する文化や技術を伝え、村の繁栄の力になったことで、いつのまにか、村人にあがめられる文化英雄(カルチュアヒーロー)となり、神格化されていったものと思われる。…
 シヌグという神祭りの体形的構造の中でムックジャーをとらえ直してみると、ムックジャーこそ、稲作を中心にした農耕文化をもたらした遠来の人であるわけで、だからこそ、つぎ当てのしたみすぼらしい風体であるわけだし、豊穣を象徴する「かまけわざ」(注・生産を象徴する性交模倣儀礼)を行なって、村人に繁栄をもたらすことのできる神にもなるわけである(外間守善著『南島文学論』)。>
 これらのついては、他にあまり資料が見当らないので、外間氏の著書から紹介した。

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