レキオ島唄アッチャー

「底」の字がつく民謡の不思議、その11。ニライカナイ

仲松弥秀氏は、続けて次のようにのべている。

<恐らく古代人は次のように想定している。

ニライ・カナイにおいて祖先神達は、ニライ・カナイの神と、その下に居る神々の住家と同じように、親兄弟、友人は勿論、他の人々も一緒になって、村々の人が一つ家に住んでいるような村をつくって生活しているのだ、と。

その神々や祖先神のつくっている村に対する観念語が、即ちニルヤ・カナヤであって、「ニライヌ家(のや)」の変化と考えられる。

次に村とは神々の村落であって、現実世界ではグスク、即ちスクと言われているが、ニライ・カナイではニライヌスク、即ちニイルスク、ニラスクと言われている。(『神と村』)

沖縄の村落社会は、「村落民は等しく神(祖霊)の子である。したがって村落は個の集合体ではなくして、村落そのものが一家」(『神と村』)だったという。

「グスク」は祖先の共同葬所だった

 
仲松氏は、「グスク(スク)」について、「グスク即ち城」という見方を排して、奄美から八重山までグスクを踏査した結果、ほとんどは「古代祖先達の共同葬所(風葬所)だった場所」であるとし、次のようにのべている。<グスクは神の居所の意があると思われる。「死んだ人は神と成る」という古代信仰からするならば、祖先達の葬処や墓がウガン(拝み)となり、その森が御嶽となることは自然の成り行きであろう。…グスクのほとんどは御嶽になっている。(『神と村』)> 


       宇江城跡 (2)
            久米島の宇江城跡  
 

グスクについては、「聖域説」、「防御集落説」、按司の「居城説」など識者によって見解が異なるけれども、各地のグスクを見ても、そこに葬所や御嶽があり、いまでも住民の大事な御願の場所となっていることに変わりはない。

これまで「底」のつく民謡から始まって地名の由来など諸氏の見解を見てきた。
改めて<「スク(底・城)」の意味は「遥かに遠い所」であり、遠い所、すなわち祖神たちのやってきた海の彼方である。そこは沖縄人の古代信仰であるニライ(根の国)とも重なっている>という意味を深くかみしめたいと思った。

終わり        文責・沢村昭洋


 
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