レキオ島唄アッチャー

変容する琉球民謡、八重山から本島へ。「あかまた―節」

「あかまた―節」
 小浜島の豊年祭には、アカマター(赤面)・クルマター(黒面)の遠来神が訪れる。この「あかまた―節」は、その遠来神を迎え喜びにわく村びとの役人の関わりを歌ったものといわれている。
 「アカマター・クロマターの神事は、ある種の秘密結社的な形態をもっていて重要な部分は余所の人にはのぞき見ることが出来ない。小浜島におけるこの神事は、島の人々および島の出身者たちによってナビンドーと呼ばれる場所で催されるようであるが、そこでは三線が用いられることはないというから、この歌も豊年祭の祭り歌としては三線の伴奏無しで歌われているものと思われる」(當山善堂著『精選八重山古典民謡集2』)。
                     
 
歌意は、この行事をめぐる島人の願いがよくわかる喜舎場永珣著『八重山民謡誌』から紹介する。訳文は少し手を入れ簡略にした。
 ♪小浜島の慣習は 豊年祭アカマタの行事には よく遊びよく踊る習わしだから お許し下さい 
  島のお役人様
 ♪わがままの心で遊んでいるのではなく 心の思うままに振舞っているのでもない 古くからの豊年祭は 
  島の習俗になっているから
 ♪昔からの習俗で 古い時代からの風習であるから 祭祀行事前はよく働いて アカマタの踊りの時は 
  見事な踊りをして遊ぼう
 ♪今年の豊年に感謝してよく遊び 来年の豊年を祈り踊ろう 拙い踊りでそしりを受けないように 
 ♪潮の干満は月から起きるが 島の盛衰は 村の役人いかんによる
 ♪アカマタ神への信仰が心変わりしないようにお役人さま 豊年祭にたいし心身が変わらないよう
  里前さま  来年の豊年祭がきたら アカマタ神を奉迎しましょう
 ♪石垣の古里にご栄転になって 淋しい時は 小浜島の印象談でもして 小浜島の思い出話しをして下さい
 この曲には、アカマター・クロマターが訪れる島の豊年祭には、遊び楽しむのが昔からの古い習慣だから、どうぞ許してくださいと役人に懇願している。さらに許しがでたら、今年の豊年、来年の豊年を祈願して踊り遊ぶこと、これからも「心が変わらないで下さい」と懇願する内容である。アカマタ神は豊年の神であるから、人頭税を完納するためにも、島民にとっては、絶対に欠かせない神事だった。
 それにもかかわらず、八重山では、重要で伝統のある祭りや祝いごと、遊びが王府によって禁止された苦い歴史があった。1767年に王府から八重山に派遣され、行政状況を視察した結果をもとにした布達『与世山親方八重山島規模帳(キモチョウ)』では、次のような禁止令が出された。
  「平久保・桴海・川平・崎枝の四か村には、節祭りの時にマユンガナシといって二人異様ないでたちで村中を通る。その家の吉例を申し立てるので家主から皮餅・神酒などを進めるが、良くない風俗なので、今後は止めること。」 
 「古見・小浜・高那の三か村では、豊年祭と時にアカマタ・クロマタといって二人が異様ないでたちで神のまねなどをする。良くない風俗なので今後は止めること」
 「マユンガナシ」は、旧暦9月の「節祭(セチエ)」に真世(マユ、豊穣の世界)の神様が訪れて「カンフツ」という神の祝言を伝える奇祭である。
 伝統あるどちらの祭りも、王府の役人には「良くない風俗」としか映らなかったのだろう。
 しかし、その後、見直しせざるをえなくなる。
 「(祈願や祭りの行事など)昔からのものを禁止されてはかえって張り合いをなくし、農業などの励みにもならない。そのうえ昔からの旧俗を止められたことが、村人の不安の種になっており、今回からすべて昔どおりに行って良いと仰せ付けられたので、祈願や祭事、遊び事など従来どおりに執り行ない、農務やそれぞれの仕事にも精を出して働くように申し渡すようにとのお指図である」
 1793年8月、天願親雲上・具志川親方から八重山在番にこんな布達が出された(『御手形写=オテガタウツシ=抜書』)。禁止令が解除された。
 それだけに、「心変わりしないで」という訴えは心からの叫びであったのだろう。その意味で「あかまたー節」は、とても歴史的な事実と合致した歌詞内容である。
 これが本島で歌われる「湊くり節」と旋律がほぼそっくりである。ただ、題名も違うように、歌詞はまったく異なる。歌意は次の通り。
                    
 ♪笠に音立てるように降った夏のにわか雨も 今やすっかり晴れて太陽が照り輝いている
 ♪今はすっかり晴れて太陽が照り輝き 愛しい彼女を照らすと思えば
 アカマター・クロマターとも何の関係もない。明治以降に沖縄芝居の世界で創作されたものだと聞く。これは、旋律だけ借りて、まったく別の歌詞を創作する替え歌である。
 右手に陣笠を持って踊る二才踊り(元服した青年の踊り)の舞踊曲として使われる。前段に「湊くり節」、後段に「東里節」の2曲構成となっている。
 沖縄芝居では、八重山の古典民謡をとてもよく使ったそうだ。
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