レキオ島唄アッチャー

「底」の字がつく民謡の不思議、その6。長山底ぬあやぐ

 宮古島の「長山底ぬあやぐ」
 
 宮古島にも底つく民謡がある。「長山底ぬあやぐ」という。
 歌詞と歌意を紹介する(仲宗根幸市『島うた紀行』<第二集>)
 ♪長山底(ながやまずく)んなイラヨーマーン
 ま茅の花まい ずぴなぬ花まい 総木綿花(さらむむいんぱな)
 じうしちや大親夫人(うぷややんま)  吾(ばん)たが島参い(すまんみゃい)
 木綿花摘(む)ら
 (長山底(伊良部の地名)の真芽の花も、ずぴな(不詳)の花も、すべて木綿花にみえる。さあ、私たちの島に行って木綿花を摘みましょう)
 注・「砂川国夫の宮古民謡解説集」HPでは「ずぴな」を「新芽」と訳している)
       
       砂川国夫氏の歌う「長山底」

 ♪長山底行きイラヨーマーン
 備後編笠(びぐあむがさ)や 被(かぶ)い居(お)とり
 木綿花摘ら 
 じうしちや大親夫人 長山底参い(んみゃい)
 木綿花摘ら
 (長山底に行き、ビクの編笠をかぶって、木綿花を摘みましょう 。さあ、奥様、長山底へ行って木綿花を摘みましょう )
 
 <伊良部島から大親(平良、下地、砂川三間切の頭職)屋敷に勤めている下男が、自分のふるさとの長山底はいま木綿花が真盛りで見に行きましょう、と大親の夫人を誘っている歌(仲宗根幸市『島うた紀行』<第二集>)>
 長山底はあくまで地名である。

 ちなみに、伊良部島には大和からの鉄の伝来を伝える長山御嶽がある。
 <男神かね殿と唱え祭る、この人鉄を持渡ったために金殿と唱えたとの事である。
 昔当島には鉄がなく耕作のことも牛馬の骨を細工してやっていましたが、大和人が渡来して鉄を持渡り、長山という所に住居して農具を持ち出し村人たちにも分け与えたので耕作は思うように行き五穀も満作して人民も豊かに生活するようになったので、作物の初を供えて大和人の跡を祭るようになり御嶽ができたと言い伝えている。(城間武松著『鉄と琉球』、元資料『擁正旧記』から>


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