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レキオ島唄アッチャー

「底」の字がつく民謡の不思議、その4。山原ユンタ

 「山原ユンタ」
 八重山民謡の「山原(ヤマバレー)ユンタ」にも「底の家」の言葉が登場する。
  山原(やまばれー)は、石垣市川平の北東にあった古い集落だという。この曲は、次のような歌詞である。()は歌意。
1、山原の 底の屋の ヌぢずゲーマー 
 囃子 ヒヤサッサー ヤーラドーハーイ ヨーハイナー(以下省略)
 (山原村の 底の屋と云ふ家に ヌぢ ゲーマが{女名})
2、ヌヂぬゲーマの とンギャーマの 生レー居ン 
 (ヌぢゲーマと云ふ乙女が、飛び切りの娘が居りました)
5、アン丈ナーの 十月三日の 月の夜
 (あんなに照り輝いた 13夜のお月様であるから)
7、山原も 底の家も 降レー遊サバ
 (山原村にも 底の家にも、降りて行って遊ばう)
 歌詞は『宮良當壯全集11』から引用した。歌詞は21番まであるが以下は省略する。
 
  この曲の歌詞は次の筋立になっているそうだ。
 <山原村の底の家にたいへん器量のすぐれた「ヌズギャーマ」と称する娘がいた。若者が15日の明月に小躍りして「底の家」(集会所)に行くというのを、年寄りは今夜は神日撰りだからやめなさいと諭した。若者はそれに耳をかさず、自分のしぶ張りの三味線を持参して山道を通っていきヌズギャーマと出会い白い砂浜で青春を謳歌した。(「ユンタ・ジラバ・アヨー探訪」HP)>
 ここでは、7番の歌詞にある「底の家」を「集会所」と解説している。
 當山善堂氏は、「シュクノヤー(宿ぬ家=集会所)」としている。
          
 少し引っかかるのは、「底の家」が女性の生れた家であると同時に遊びに行く家ともなっていることである。
當山氏は、「宿ぬ家」について、次のように解釈している。
 <シュクヌヤー=「宿の家」で、「宿泊ないし休憩する場所」の意。「公けの宿泊専用の家」というよりは、大きな民家の一角が必要な時に「宿泊・集会用」に一時的に開放されたものであろう。歌詞集によって「シク・スク・シュク」などの表記に「底・宿」の字を当てるが、ここでは「シュク=宿」を採用した。(編著『精選八重山古典民謡集(4)』)>
 民家の一角も宿泊・集会用に使われたということであれば、一見矛盾するように見えた歌詞の内容も理解ができる。
 
 一方、「底の家」は屋号だという解釈もある。宮良當壯氏は次のように解説している。
 <「底」と称する屋号は、平民村には可なりある。その宗家が大底屋(ウフスクヤー)で、分家には小底屋(クースクヤー)、東底屋(アーるスクヤー)、西底屋(イーるスクヤー)、後底屋(シースクヤー)、前底屋(マイしクヤー)、…などがある。底は低地を意味することは勿論であるが、時に城(グスク)の借字であることがある。グスクは石垣で、初めて石垣を築き繞(注・めぐ)らした家の屋号にすることがある。(『宮良當壯全集11』)>
 そういえば、苗字でも大底、仲底、成底など底のつく名がいくつかある。

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