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レキオ島唄アッチャー

上陸記念碑に見る万次郎の足跡、その4

 万次郎、封建時代の日本に民主主義を伝える国際人として活躍、そして開国へ
 

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 幽閉されていた万次郎たちは、琉球王府の役人により取り調べを受けました。その際、通事牧志朝忠は、特にジョージ・ワシントン伝記に興味を持ちました。伝記には、アメリカの民主主義社会の制度や人権尊重について書かれていました。そのようなことから、万次郎が封建社会の日本に持ち帰りたかったのは、アメリカで体験した民主主義の思想だったとも考えられています。

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 その後、万次郎は
11年ぶりにふるさと土佐に帰りました。ペリー提督が黒船を率いて現れた際、幕府は万次郎を直参として江戸に呼び寄せました。万次郎は、開国への熱い思いを込めて、老中らの前でアメリカの事情について話しました。

 その後の万次郎は、翻訳、測量、捕鯨などを主な仕事としていました。明治新政府になっても、普仏戦争の視察として海外出張を命ぜられたほか、東京大学の前身「開成学校」の英語教授に就任するなど、国際人として活躍しました。


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 追記
 「上陸之碑」の披露式典には、多数のマスメディアが取材に来ていて、テレビや新聞で報道された。沖縄での万次郎への関心の高 まりがうかがえた。「琉球新報」2月20日付けは社会面で大きく報道した。


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2018-03-03 Sat 22:52 | | [ 編集 ]

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