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ジョン万次郎上陸記念碑が披露される

 糸満市大渡海岸にジョン万次郎上陸之地の記念碑(銅像)が建立され、2月18日、お披露目式が盛大に行われた。

 漁船で漂流しアメリカの捕鯨船で救助された万次郎が、10年ぶりの帰国のため、上陸の地に選んだのが琉球の摩文仁間切(いまの町村)の大渡海岸。1851年2月2日(旧暦1月3日)に上陸した。18日は、上陸した日と同じ旧暦正月3日にあたる。

 万次郎が上陸した日は小雨まじりの寒い日だったが、この日は青空が広がり暑いくらいだった。

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   万次郎が上陸した小渡浜の上に当る展望の良い場所に記念碑は建立された。
 式典に先立ち、小渡浜では、万次郎が上陸した際、飲んだであろうコーヒーが振る舞われ、思わず167年前の万次郎の姿を思い浮かべた。

 披露目式には、高知をはじめ県外からも多数来沖され、200人を超える人たちが参加した。

  大渡海岸は、沖縄戦の激戦地、摩文仁の丘の西側にあたるので、最初に1分間の黙とうをささげて式典が始まった。
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 ジョン万次郎上陸之地記念碑建立期成会会長でもある上原昭糸満市長が、住民が期成会をつくり、沖縄ジョン万次郎会とも協力して記念碑ができたことに感謝し、銅像をこれから南部観光の拠点の一つとしたいと述べた。

                    
   来賓の万次郎直系子孫5代目の中濱京さんが、日本最初のアメリカ文化、デモクラシーはボートに乗ってこの摩文仁にやってきた、万次郎と先祖も天国から喜んで見ているだろうと挨拶した。
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 万次郎の出身地、高知県土佐清水市の磯脇堂三副市長は、万次郎が土佐の維新の志士に影響をあたえた、小渡浜から日本の近代化が始まったとその意義を述べた。

 関係者によって記念碑の除幕が行われた。
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 銅像は、右手で指をさし、左手には2冊の本を抱えた万次郎が、郷里の土佐の方向に向かって立っている。六角形の台座には万次郎の足跡が美しいカラーの絵図とともにで紹介されている。青空の下、見事な記念碑・銅像が姿を現すとひときわ大きな拍手がわきあがった。
             
 
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 アトラクションで、地元の米須小学校6年生が勇壮なエイサーの演舞を行い盛り上げた。

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 建立期成会では、高知県出身で糸満市在住の和田達雄さんが、期成会の結成の立ち上げからかかわり、銅像や台座の絵図も提案して採用されるなど情熱を注いでこられた。万次郎と同郷の者として、尽力された和田さんと糸満市民に深く感謝したい。

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   次回から、銅像の台座を詳しく紹介したい。

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