レキオ島唄アッチャー

変容する琉球民謡、八重山から本島へ。「でんさ節」

 「でんさ節」
 八重山はもちろん沖縄県を代表する教訓歌である。
  「でんさ節」は、宮良里賢氏が西表島の上原村の与人(ユンチュ、村長)時代に作詞作曲した(喜舎場永珣著『八重山民謡誌』)。1768年から3年近く上原与人を勤めたというから、240年余り前の曲だ。八重山全体の教訓歌として歌われ、さらに本島でも広く歌われるようになった。古い上原村は、1909(明治42)年には廃村になり、現在の上原村は、開拓移住者によって形成された村だという。
 歌意は次の通り。
 最初、「♪上原村で歌っているデンサ節は 昔から伝えられている教訓歌であるから 島(村)のあらん限り 永久に変わらない教訓歌である」(『八重山民謡誌』)と歌い始める。でも、私が使っている大浜安伴版工工四(楽譜)は、以下の歌詞である。
                        
 ♪島(村)を治めることと家庭を営むことは 船を操ることと同じである 船頭と船子、
  親と子(村長と村びと)が 揃わなければ(心が一つでなければ)ならない
 ♪親子の仲がよいのは子の心掛け次第 兄弟姉妹の仲がよいのは年下の心掛け次第 家庭の営みが
  円満であるのは  嫁の心掛け次第
 ♪人の大きな身体は愛らしくない 胆心こそ愛らしい 胆心をよく持ってこそ 世間を渡られる 
 ♪夫は家庭の大黒柱で 妻は家庭の鏡である 黒木柱と鏡は 家庭の繁栄の基である
 ♪人のした意見は大事なことではない 心延えこそが肝要である 心延えを尽くしてこそ 
  世間はうまく渡られる
  古くから八重山の島々に生きてきた人々が、大切にしてきた人生の道しるべがうかがわれる教訓歌である。  
  「儒教的倫理観を思想背景としているため、今日の時代感覚にそぐわない面もあるかと思われるが、総じて社会生活に処すべき普遍的な道徳規範が示されていて、日常生活に深く溶け込んでいる」(當山善堂著『精選八重山古典民謡集』)。
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                        本島の「デンサー節」を演奏した芸能チャリティー公演
 本島で歌われる「デンサー節」は、同じような歌詞もあれば、本島流の歌詞もある。元歌は、旋律への歌詞ののせ方が独特で難しさがある。本島の「デンサー節」は、よりシンプルな曲風になっている。味わいは少し落ちるけれど、歌いやすい。
 次のような歌意である。
 ♪デンサー節を作って 子どもたちに詠ませよう 世間の戒めとなることを 私は願っている
 ♪河(井戸)を油断する女性、道を油断する女性 それから夫も油断させるのだ
 ♪夫は家の中柱、妻は家の鏡 黒木柱と鏡は 欠かせない家庭の備えだ
 ♪船尾が高い船は島に着けない 気高い女性は家もてあそび ひどく気高いと前に転ぶよ
 ♪物を言う時は慎みなさい 口の外に気安く出してはいけない 一度出した後から飲むことはできない
 古い教訓歌だから、そこには当時の儒教的、封建的な道徳観、家庭観が色濃く投影されている。そのまま現在に持ち込めば、家族の関係、女性観など受け入れられない価値観がある。批判することはたやすい。でもいまさらそれをあげつらっても仕方のないことだ。今日でも大事な教訓も多い。沖縄民謡では、教訓歌は一つの重要なジャンルをなしている。
 「デンサー節」は「てぃんさぐぬ花」とともにその代表的な民謡である。
 人生の大切な教えを歌にすることによって、わかりやすく、記憶に残り、広く愛唱されるようになった。
 教訓歌を歌うおじい、おばあは「この歌はジョートーさ」ととても評価する。
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