レキオ島唄アッチャー

造船所をなぜ「スラ」と呼ぶのか、その2

 

谷川健一氏は、造船所を「スラ」と呼ぶ見解をのべるとともに、この立場から髙良倉吉氏の見解を批判している。

<髙良倉吉はこの言葉の由来について「『すら』は沖縄の古語で、鳥の巣を意味する。巣の中の卵を母鳥が温めてヒナにかえることを『すでる』と表現する。古琉球の人びとは、造船所を鳥の巣になぞらえ、母鳥たる人間の営みで船が仕上がることを、ヒナがかえり成長するイメージでとらえた。進水式は成長した若鳥が巣を飛び立つことであり、船は海走る鳥であった。このようなイメージが、造船所を鳥の巣になぞらえる独特の世界観を成立せしめたのである」とまことしやかに述べているが、髙良の解説は『おもろさうし辞典』(仲原善忠、外間守善著)及び伊波普猷解説に準拠したもので、この解説は誤っている。…鳥の巣とは関係ない。また修羅を仏教語に由来するという説があるが、それもまちがいである。シュラはソリと関係する言葉である、とするのが適当である。>

 

 

「林業の修羅」について、「日本大百科全書(ニッポニカ)の解説」は次のようにのべている。
<山腹の斜面を利用した一時的な木材搬出用の滑走路を修羅といい、集運材法の一つ。修羅には、勾配(こうばい)を利用して木材の自重により降下させる重力式がおもに使われるが、まれには畜類などで丸太修羅上を引く牽引(けんいん)式もある。現在では、集材機の発達によりみられなくなった。構造によって、土(ど)修羅、木(き)修羅、水(みず)修羅などに分けられる。土修羅は山腹の凹部をそのまま利用したもので、材木の損傷が大きく、用材搬出には適さない。木修羅はもっとも一般的なもので、丸太だけを使ったものと厚板を併用したいわゆる桟手(さで)がある。桟手はおもに木曽(きそ)地方で行われていた運搬装置である。普通は野良(のら)桟手と称し急勾配の斜面に架設され、木材の滑走面に厚板(野良板)を用いるのが基本であるが、野良板のかわりに小丸太を数本並べたり、切り取った木の板(粗朶(そだ))を編んだ桟手など地方によっていろいろみられる。また水修羅は、谷水をせき止めて材木の滑走に利用する運材法である。[松田昭二]日本大百科全書(ニッポニカ)の解説>
 
 やはり、谷川氏が造船所を「スラ」と呼ぶ由来についてのべていることは、妥当な見解だと思う。


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