レキオ島唄アッチャー

歴史が今に生きている沖縄、久高マンジュ主の子孫

 久高マンジュ主の子孫 
 
 沖縄のエイサー曲として有名な曲に「久高マンジュ主」がある。この歌について書いたところ、久高マンジュ主の子孫にあたる久高さんから、コメントをいただいた。この曲の歌詞がとても面白いと不用意に書いていたことに対して、「不愉快」「面白いといわないでほしい」との指摘をいただいた。
 久高マンジュ主は、いい歳をして、美しい女性を追いかけるとか、家計は窮乏して仏壇もきれいにできないなどと、はやし立てる内容だ。この歌は、遠い昔の伝説上の人物をモデルにしていると勝手に思っていた。
 久高さんのコメントは「私の祖先に対する歌らしいですが、いつもお盆の時や沖縄の行事時にこの歌が流れていて耳にします。この歌の意味が分かっているので正直言って不愉快です。歌を考えた人が許せない。だから面白いとか言わないでほしいです」という内容だった。
                          
DSC_1372_20171014224944ae2.jpg 
                          今年の旧盆で演舞する古蔵青年会のエイサー

 久高さんから追加のコメントが寄せられた。
「私の祖先は、もともと琉球が栄えていた時代、当時の王の側近で警護の仕事をしていたそうで、階級も上の位で立派な人だったそうです。ある日、王の命令で久高島に派遣され、そこで功績を上げて首里に帰って来た時に、当時の祖先の姓が照屋だったにもかかわらず、王が『姓を久高に変えなさい』と言ってそれからずっと久高になっているみたいです。でも酒と女遊びがとても激しかったらしく、庶民らがとてもひがんで<久高マンジュ主>をつくったそうです。まあ唄になるくらいだから、相当ひどかったでしょう」
 酒と女遊びが激しかったとしても、王府で大事な役職にあり、久高の姓もその功績によって王から授けられた立派な人だったことがよくわかる。エイサー曲は、久高マンジュ主の真実を反映していない。一面が誇張され、面白おかしく仕立てられたのだろう。
 
 久高さんは、初めて家系について調べていろんなことが発見できるよい機会だった、とのべている。 
 狭い島国の琉球・沖縄では、伝説や歴史上の人物や出来事について、関係した人たちを祖先にもつ人たちがいまもたくさんおられる。とかく、民謡に歌われた出来事や歴史で学んだ事柄を、現実と切り離された遠い過去のことと思いがちだ。でも、それぞれの家系は綿々とつながっていて、歴史がいまも生きていることを改めて痛感した。

スポンサーサイト

沖縄の歴史 | コメント:0 | トラックバック:0 |
<<歴史が今に生きている沖縄、奥間大親 | ホーム | 歴史が今に生きている沖縄、祖先は役人の現地妻>>

コメント

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

| ホーム |