レキオ島唄アッチャー

歴史が今に生きている沖縄、平敷屋朝敏

 平敷屋朝敏ゆかりの方からメール
 組踊「手水の縁」の作者で、政治犯として蔡温に処刑された平敷屋朝敏のことをアップしたところ、朝敏の母方祖父、屋良宣易(ヤラセンエキ)の末裔にあたるという宜野座村のYさんからメールをいただいた。
屋良宣易については、よく知らなかったが、和文学者であり、朝敏はその薫陶を受けたという。和文学者というだけでなく、王府の評定所右筆、尚純公の教育係、首里城の瓦修復奉行など三司官の下で政治にも深くかかわりがあったという。
 朝敏らが王府批判と見られる落書を薩摩在番所横目宅に行い、罪を問われた事件では、朝敏、宣蕃らとともに安謝港で処刑されたことが、家譜に残されているそうである。
         平敷屋朝敏の歌碑 
         うるま市平敷屋に建てられている朝敏の歌碑
  
 「手水の縁」は、親が認めない恋愛を不義とする封建的な道徳、秩序のもとで、恋に落ちた二人が命を賭して彼女を処刑から救い、恋愛を成就させる物語である。王府時代の組踊は、敵討ち物をはじめ忠孝節義を主題とする作品がほとんどであるなかで、次元を異にする画期的な作品であった。

Yさんは、朝敏の母方祖父の末裔という立場で、その「功績を後世に伝えていくのが使命」だとのべている。
 こういう朝敏にゆかりの方から、メールをいただくとは予想もしていなかったので、うれしいかぎりである。これからも、時代を先取りした朝敏とその作品は、時代の発展とともに、より親しまれ、高い評価を受けるだろうと思う。

   朝敏について詳しくは、ブログで「赤虫が蝶なて飛ばば遺念ともてーー琉球の悲劇の文学者 平敷屋朝敏覚書」など何回も書いたので見ていただきたい。
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