レキオ島唄アッチャー

変容する琉球民謡、八重山から本島へ。「鶴亀節」

 「鶴亀節」(チュルカメブシ)
 次は「鶴亀節」。石垣島の川平村を発祥の地とする歌である。本島でこの民謡を歌うときに、「目出度節」と同じような印象がある。おめでたい光景が歌われるけれど、あまりリアリティーがないなあ。そんな曲だという印象をもっていた。しかし、八重山古典民謡の歌詞を見ると、その内容はまるっきり違う。この曲は、一名「川平鶴亀節」とも称されている。
 歌意は通常歌うのは次の通り。
 ♪川平村に豊穣の世を賜った ※鶴と亀が舞い遊ぶ
♪平和で豊かな世(昔世)を賜り 恵み豊かな世(神ぬ世)を賜った ※以下同じ
♪現在の与人(ユンチュ)役人が来られてから 以前の村とは違いより豊かになったよ
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                       川平湾
内容は共通しているが、次の歌詞もある。
♪川平村の与人(ユンチュ)役人のお蔭で 川平村の目差(メザシ)役人のご尽力により
 豊かな世を賜り 豊穣の世を賜った
♪平和で豊かな世がめぐってきて 歓びに満ちた世がめぐってきた 川平村に 豊穣の世を賜った
♪平和で豊かな世を賜り 恵み豊かな世を賜った
♪現在の与人役人が来られてから 以前の村とは違いより豊かになったよ
 八重山の古典民謡には、自分の村を自慢する、役人を褒め称える歌が数多くあるが、この歌はその系列に属するもの。平和で豊かな世 歓びに満ちた世がめぐってきたことを大いに喜びあう内容だ。
 「弥勒世(豊かで平和な世)を言祝ぐ村びとの晴ればれとした姿と善政を施した村の長への讃辞を、長寿と吉祥の象徴である鶴と亀の舞い遊ぶ様子に重ね合わせる形で描写している」(當山善堂著『精選八重山古典民謡集』)
 私個人の感想としては、人頭税にあえぎ、苦しめられた百姓たちが、豊穣の世になったことを喜ぶのは自然である。といっても、村役人の尽力のお蔭だとか、役人に感謝する内容になっているのは、少し不自然な感じがする。役人に気を使って、こういう文言が入ったのだろうか。それとも、八重山では、三線をたしなむ役人が古い民謡を編曲したり、補作する例が多いので、この「鶴亀節」にもそういう手が入っているのだろうか。
               
 本島で歌われる「鶴亀節」は次の歌詞で歌われる。
 ♪千年を経た松の木の緑葉の下で ※鶴と亀が舞い遊ぶ
 ♪亀が歌を歌えば鶴は舞い踊る ※以下同じ
 ♪若松の緑を床の間に飾って 
 ♪枝を見れば白銀だが真は黄金
 本島の歌詞は、元歌の「鶴と亀が舞い遊ぶ」という囃子の部分はそのまま取り入れているが、その外はまったく別の歌詞になっている。「目出度節」と同じように、めでたい情景や事柄を並べているだけだ。なぜめでたいのか、豊穣の世、平和で豊かな世が訪れたという言葉もない。
 そこには重い人頭税にあえぎながら懸命に働く庶民の苦労と豊年への喜びと感謝など、元歌に込められた要素は完全に消え去っている。
 最初、この曲を聞いたとき、鶴亀といえば、なにか大和文化の影響なのかという印象があった。でも、鶴亀を長寿や吉兆の象徴とみるのは、本来は中国文化の影響であるから、沖縄で歌われても、なにも不思議はない。
 ただ、「目出度節」と同様に、本島の「鶴亀節」も、歌っていると、なんかおめでたい気分がする名曲であることに変わりはない。
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