レキオ島唄アッチャー

「海ヤカラ」をめぐる伝承、その1

「海ヤカラ」をめぐる伝承

  

 糸満市を舞台にした民謡に「海ヤカラ」がある。なかなか面白い男女の恋模様が歌われている。

 「ヤカラ(輩)」とは、強い者、働き者という意味がある。海に生きる強い者、海の勇者を意味する。
    
1、誰(タ)がし名付(ナヂ)きたが ドンドンぬガマや
  遊(アシ)び 美童(ミヤラビ)ぬ 忍(シヌ)び所(ドクル)
  ※海ヤカラ ドンドン スーリ エイスーリ(以下囃子は省略)
 〔誰が名付けたか、ドンドン(洞窟)は、毛遊びの若者達が、忍んで来る処〕

2、ドンドンガマ通(カユ)てぃ 忍でぃ来(チ)ゃさ我(ワ)んね
  出(イン)ぢみそりヤカラ 語てぃ遊ば
 〔ドンドン洞窟に通い、忍んで来たよ、私の為に出てきておくれ勇者よ
 語り遊ぼう〕

3、海ヤカラに惚(フ)りてぃ 食(カ)むる物(ムヌ)食(カ)まん
  道端に泊(トゥ)まてぃ 親(ウヤ)ぬ哀(アワ)り
〔海の勇者に惚れて、食べる物も無く、道端に泊まり、親は哀れに思うだろう〕

4、成(ナ)てぃん成らりらん ぬちんぬかりらん
  如何(イチャ)さびが里前(サトメ) 後ぬ事や

 〔どうすることもできず、抜けることもできず、どうしてくれますか
愛しい貴方よ〕

5、海ヤカラに惚(フ)りて 夜(ユ)ぬ明(ア)きせ知らん
  如何(イチャ)し親(ウヤ)加那志(ガナシ)御返事(クヒジ)さびが
 〔海輩に惚れて、夜が明けるまで一緒に居た、どうやって親に報告しよう

6、我(ワ)んや海ヤカラ 無蔵(ンゾ)や恋(クイ)ヤカラ
  二人(フタイ)押(ウ)し連(チ)りて 親(ウヤ)に語ら
 〔我は海の勇者、愛しき君は恋の勇者、二人揃って、親に話そう〕


  歌詞は手元にある工工四(楽譜)から、歌意は沖縄県広報誌「美ら島沖縄」「民謡とわらべうたでめぐる ふるさと唄紀行」から紹介した。
      

   園田青年会のエイサー「海ヤカラ」
この曲には次のような伝承がある。以下県広報誌から。

<明るく華やかなこの曲は、歌詞を替えて大衆芝居の挿入歌として使われたり、久米島町兼城の獅子舞や各地のエイサーなどに幅広く使われています。

 「海やから」は、海のつわものや英雄を意味し、船頭や船乗り、魚捕りの名人を指しています。

この唄には、糸満市真栄里(まえさと)に今も残る洞窟「ドンドンガマ」の伝説が付随しています。昔、魚捕りのうまいよそ者の青年が、真栄里部落のドンドンガマをねぐらに漁をして暮らしていました。その青年(海やから)に部落の美しいと評判の娘が惚れこみ、洞窟で夜な夜なあい引きを重ねていました。おもしろくないのは同じ部落の青年たち。娘を奪われた嫉妬のあまり、海やからを亡き者にしようと暴力を振るったり、海で溺れさせようとします。しかし海やからは強く、たくらみはことごとく失敗。最後の手段として、恋仲を皮肉をこめて唄うことしかできませんでした。その唄が「海やから」だとされています。>

 村の美女がよそ者に惚れて、それを嫉んだ村の若者がはやし立てるという民謡は、「汀間当(ティーマトゥ)」をはじめいくつもある。その一つである。



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