レキオ島唄アッチャー

変容する琉球民謡、八重山から本島へ。「目出度節」

 「目出度節」(メデタイブシ)
 お祝いの曲には、八重山古典民謡を元歌とした曲が多い。たとえば「目出度節」。石垣島宮良村を発祥の地とする歌である。宮良与人(ユンチュ、村長)を拝命した大浜用登氏が、その4年後の1843年8月に「宮良村結願祭のときに、記念として作歌作曲されたと、同家に保管されている記録にある」(喜舎場永珣著『八重山民謡誌』)という。
 祝儀歌を代表する曲として、地元以外でも広く愛唱されている。
 本島で歌われる「目出度節」は、歌詞が見事に換骨奪胎されている。「めでたい」という祝い歌の形は残っているが、中身はほとんど別である。そのすり替わり方が、とても興味深い。本島で歌われているのは、次のような歌詞である。
 「♪今日(キユヌ)ぬふくらしゃや むぬにたとららん 上下ん揃(スル)て
 踊り遊しば めでたいめでたい スリスリめでたいめでたい」
 ♪今日の誇らしさは何に例えようか 身分の上の者も下の者もみんな揃って踊り遊ぼう。
 こんな歌意である。このあとも、「心を合わせて願ったことがかない お互いに打ち解けて遊ぶうれしさよ」「千年を経た松の緑葉の下で 亀が唄を唄えば 鶴は舞い踊る」というふうな、めでたいことのオンパレードである。
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                               祭りのときは「目出度節」がよく演奏される
 ただし、歌詞をよく見ると、なんでめでたいのか、その理由らしきものは見当たらない。「願いがかなった」ということぐらいだ。それも抽象的だ。
 でも八重山で歌われる「目出度節」は違う。なぜ、めでたいのでお祝いするのかが明確である。歌意だけを紹介する(『精選八重山古典民謡集』)。
 「♪今年植え付けた稲粟は豊作である なんと心楽しいことよ   ※めでたいめでたい」
 「♪年貢・上納は不足なく 納めることが出来た なんと喜ばしいことよ ※以下同じ」
 「♪年貢を納め余剰の米や粟が大量にあるので 酒や神酒を醸造した」
 「♪今日も明日も遊び楽しむ嬉しさよ あそこに3,4人  ここに5,6人と賑やかに」
 「♪楽しみや歓びの極みに踊り楽しもう 揺るぎのない豊穣の世が 宮良村に訪れるように」
 歌意にみるように、作った稲粟が豊作で、年貢・上納を不足なく納めたことを喜ぶ気持ちが込められている。
 「往時の人々にとって年貢を無事に納めるというということは、現代の私たちが想像する以上に大きな喜びであったであろう。その上、造り立ての新酒をまず神々に捧げ神人交歓の宴を催すことは、豊穣・豊作を象徴する至上の喜びであったと思われる」(當山善堂著『精選八重山古典民謡集』)
                   
                      動画は「繁盛節」「目出度節」「祝節」の3曲が入っている

 これは、人間の頭割りで税金を課す前近代的な人頭税のもとで、重い搾取を受けてきた農民にとって、年貢を完納できるかどうかは、百姓にとって一大事であった。だから、豊作で年貢を完納できれば、豊年祭を盛大に祝う。余剰の米粟で酒をつくる。神様にも来年の豊作を願って神酒をささげただろう。みんな歌い踊り遊ぶ姿が目に見えるようである。
 舞い踊るのも神への奉納の意味がある。「揺るぎのない豊穣の世」が訪れるようにという願いも、心からの叫びである。八重山のこの曲は、庶民の日々の暮らしの営みから生れた曲なので、豊作への祈りと年貢完納の喜び、祝いの気持ちが沸き立つようだ。
 しかし、本島の「目出度節」になると、宮廷芸能家らによって、編曲され、改作されたのだろうか。豊作の喜びはない。重税を納める苦労を知らない立場の者にとっては、もはや元歌のような内容はあえて必要がないのだろう。元歌の神髄はバッサリ捨象されている。ただ、祝いの中身抜きに「めでたい、めでたい」という歌詞になっている。といっても、本島の「目出度節」も、とても軽快で、うきうきとした喜びの気分にあふれた曲であることには変わりない。

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