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変容する琉球民謡、番外編。「古見ぬ浦ぬブナレーマ」

 「古見ぬ浦ぬブナレーマ」と「無情の月」

 

 八重山民謡の「古見ぬ浦ぬブナレーマ」を先日、ラジオで初めて聞いた。その出だしの前奏と歌い始めを聞いたとき、「これは、本島民謡の『無情の月』とそっくりだ!」と直感した。勿論、細部は異なるし、囃子なども八重山民謡らしいので、趣はかなれ異なるかもしれない。しかし、「無情の月」の出だしは、他の民謡とは違う特色があるので、これだけ似ているとなれば、歌詞を変えた替え歌ではないとしても、「古見ぬ浦ぬブナレーマ」が本島民謡に影響を与えたのかもしれない。
  そんなことで、二つの曲を紹介して比べてみたい。

 この「無情の月」は、知名定男が歌った「おぼろ月」、普久原朝喜作曲の「あこがれの唄」とそっくりである。

 

「古見ぬ浦ぬブナレーマ」

 まずは「古見ぬ浦ぬブナレーマ」を當山善堂著『精選八重山古典民謡集』から紹介する。
 古見は西表島にある。18世紀半ばの古見は、人口700人以上を数える大きい村だったそうである

1、古見ぬ浦ぬ シタリヤゥイサ ぶなれーま ヒヤシタリ イラヤゥイユバナヲル
2、美与底ぬ(以下囃子略) 女童

3、うりぅじぅんぬ なるだる 若夏(バガナチゥ)どぅ 行くだる
4、自分(ナラ)―上納布(カナイ) 取り持ち 十尋布(トゥイルヌヌ)抱き持ち

5、前ぬ浜 走(パ)り下(ウ)れー 寄合浜(ユライパマ)跳(トウ)ばしゃ来(キー)

6、自分(ナラ)舟ば 押しゅ下(ラ)し 艫高(トゥムダカ)ば 引(ヒ)ちゅ下(ラ)し

7 自分―上納布 取り載せー 十尋布抱き乗せー

8、大石垣(ウフイシャギゥ)走り行き 親島(ウヤジゥマ)ん 飛ばしゃ来

9、如何どぅ何処 舟着き 美崎前どぅ 舟着き

10、何処どぅ何処 宿取りぅ 蔵ぬ前どぅ 宿取りぅ

11、調び座ん 行り入り 長蔵ん 入り入り

12、調ぎ主ん しぅされーて 纏み主ん 奉いしー

13、大蔵ぬ 戻りぅんや 沖縄町屋ん 入り入り

14、びぅー折り土瓶 祖母土産 まーらんぷぞー 祖父土産

         
         大底朝要さんの歌う「古見ぬ浦ぬぶなれーま~とーすい」

 この曲は、西表島の古見から、人頭税で織った布を上納するために、石垣島に渡る様子を描いている。

「♪古見村のブナレーマは美与底(ミヨシク、古見の異称)の乙女だった 初夏になったので 貢ぎ布を取り持って 前の浜に走り下りて 自分の舟を押し出して 貢ぎ布を取り載せて 蔵元のある石垣島に走り下り 役人様のいる親島に飛ばしてき」(要約)

織った布を石垣島に舟で運び、海岸の仮小屋で泊まり、蔵元へ納めた。「この間、役人にたいしての世話役を強制的にさせられて帰るという習慣であった」と伝えられる(喜舎場永珣著『八重山の古謡』)。

 織りあげた布を検査する際に、役人が職権をカサにきて、目を付けた女性を自分のものにするという、横暴が絶えなかった。

 

 「無情の月」

 まずは「無情の月」から見てみたい。この曲は、旋律は普久原朝喜さんの「あこがれの唄」とほぼ同じである。歌詞の内容は、同じ普久原作「無情の唄」ととても主題と構図がに似ている。

 「無情の月」の歌詞と歌意を紹介する。
♪千里陸道や 思れ自由なゆい 一里船道や 自由ぬならん
 千里の道も陸路であれば行こうと思えば行ける。でも海を隔てた船路は、一里であっても自由に行けない
♪我肝ひしひしと 干瀬打ちゅる波や 情思無蔵が 思みど増しゅる
  私の心をひしひしと干瀬を打つ波は 愛した貴女への思いが強くなる
♪貫ちたみて置ちょて 知らさなや里に 玉切りて居てど 袖ぬ涙 
 彼のために「貫花」を作ったことを知らせたい。でも貫花は悲しいことに切れてしまった、袖に涙するばかりだ。

♪我身に幸しぬ 光ねんあしが 無情に照る月や 光りまさて
  私自身に幸せの光はないのであるが 無情に照る月は光強くなって

    
      玉城一美さんが歌う「無情の月」。この番組の1曲目に流れている


 思いあった二人が引き裂かれ、彼ははるか遠くにいて結ばれない。悲恋の曲である。なぜ引き裂かれたのかは描かれていない。

 そういえば、普久原朝喜さんの名曲「無情の唄」と発想がとても似ている。愛し合う男女が引き裂かれ、女性は故郷に、男性は海を隔てた遠くにいる。思いあってもままならない恋路である、朝夕袖を濡らし暮らす辛さよ、一人月に向かって泣いている。「浮世 無情なむん」と繰り返す。
 こんな内容だ。表立って、戦争のことは出ていないが、実は出征して引き裂かれた男女を歌っているそうだ。「秘められた非戦の歌」といわれる。
 「無情の月」も、愛し合う二人が、海を隔てた引き裂かれた悲運と離れても慕う心を歌っている。「袖を濡らす」「月に向かって泣く」というのも同じである。


 「あこがれの唄」
 「無情の月」と旋律がそっくりな「あこがれの唄」は、悲恋の歌ではなく、戦争のあと、日本と引き裂かれた沖縄の現実が歌われている。

 普久原朝喜作詞・作曲の「あこがれの唄」の歌詞と歌意を紹介する。

     
        知名定男さんが歌う「あこがれの唄」
行ちぶさや大和 住みぶさや都 あさましや沖縄 変わいはてぃてぃ
 変わいはてぃてぃ
 行ってみたいな大和 住んでみたいな都 哀れな沖縄 変わり果ててしまって

大和世に変てぃ アメリカ世なてぃん ぬがし我が生活(くらし)
 楽んならん 楽んならん
 日本統治の世に変わって アメリカの世になっても どうして私たちの暮らしは楽にならないのだろうか

戦場ぬ後や かにんちりなさや 見るん聞く物や 涙びけい 涙びけい
 戦場の後は こんなにも情けないものか 見るもの聞くもの 涙がでるばかり
自由に我ん渡す 舟はらちたぼり 若さある内に 急じ行かな 急じ行かな
 自由に私を乗せてくれる 舟を走らせて下さい 急いで行かなければ

 
 戦争で廃虚と化した沖縄で、米軍支配のもとで生きる人々の苦難と哀れな姿、そんな現実からの救いを求める心情が込められた歌である。

他にもそっくりな曲がある。

      
        知名定男さんが歌う「おぼろ月」。この番組の3曲目に流されている
 知名定男作詞編曲による「おぼろ月」。この曲は、別れた彼女への愛しい思いを歌う。契りまで交わしていたのに去って行った女性を恨む歌詞である。

 盛和子さんの歌う「母の志情(シナサキ)」も同じ旋律である。それだけこの曲のメロディーが愛されているということなのだろう。
 終わり              文責・沢村昭洋

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