レキオ島唄アッチャー

変容する琉球民謡―八重山から本島へ

変容する民謡―八重山から本島へ

沖縄本島で歌われる古典音楽や民謡には、もともと八重山の古い民謡を取り入れて、編曲したり、歌詞も変えて歌われている曲がかなりある。小浜光次郎氏の「琉球古典民謡と八重山古典民謡類似曲一覧」(同氏著『八重山の古典民謡集』)によれば、25曲を数える。同氏は、「類似曲」としており、必ずしもすべて八重山が元歌だとは断定していない。
 八重山には、沖縄本島からさまざまな音楽文化が多大な影響を及ぼしたことは当然である。でも、八重山民謡と本島の古典音楽、民謡の類似曲について、民謡の発祥についての伝承をたどったり、曲の工工四(クンクンシー、楽譜)や歌詞を分析すれば、ほとんどは、八重山が元歌だと思われる。類似曲一覧で見る限りは、本島の曲が元歌で八重山に伝わったと思われる例はほとんど見当たらない。
                         045.jpg


八重山民謡が沖縄本島の古典音楽、民謡にどのように取り入れられたのか、どのように変容したのだろうか、その代表的な曲目について見てみたい。
なぜ八重山と沖縄本島の民謡の比較をしようと思ったのかといえば、一つには、もともと沖縄民謡三線同好会で歌っている曲の中に、八重山がルーツと思われる曲がいくつかあり、「この曲の元の歌詞を知りたい。この曲にどういういわれがあるのか知りたい」と思うことが多々あったこと。加えて、最近、八重山古典民謡の同好会にも参加して、大浜安伴著『八重山古典民謡工工四』をテキストにして演奏する機会ができたこと。それによって、元歌といわれる曲目の内容が多少分かってきたことがある。
もちろん類似曲一覧の曲目以外に、沖縄本島で八重山民謡として、そのまま歌われている曲もたくさんある。それは、ここでは取り上げない。
八重山古典民謡が元にした類似曲の中にも、「かたみ節」のように、歌詞は変えずにそのまま歌っている曲もある。ただ、それは少ないだろう。 
 img007.jpg
 多くは、曲の三線の演奏と歌詞を多少変えている。その変え方にはいろいろなパターンがある。一つは、元歌の内容を生かしながら、本島流に歌詞を少し変えて歌ったものである。「でんさー節」などその代表例だろう。
歌詞を変える場合に、部分的には生かしながら、大部分は切り捨てて、改作した曲目が珍しくない。それも、当たり前になっている。
元歌とはまったく無関係に、丸ごと別の歌詞を作った例も多い。替え歌である。沖縄の民謡は、琉歌が歌詞になっている曲が多く、一つの曲に本歌の他にいくつも琉歌を替え歌として歌うことが常道となっている。沖縄の音楽文化ともいえる。
 また、沖縄芝居では数多くの民謡を使うので、八重山民謡を元歌として、芝居に都合のよい内容に作詞して歌ったものが結構ある。
 ここで取り上げるのは、類似曲一覧のすべてではない。代表的な事例と個人的に関心のある曲目を中心に見ていきたい。
 以下、紹介する八重山古典民謡の歌詞は大浜安伴著『八重山古典民謡工工四』、歌詞の和訳と曲が生まれた背景や曲目の解説は、ほとんど當山善堂著『精選八重山古典民謡集』(全4巻)から紹介した。和訳については、他氏の見解も参考にして手を入れた。
 當山氏の本書は、八重山古典民謡の歌詞と和訳、歌の解説や歌が生まれた背景、歌にまつわる伝承、詳細な用語解説、楽曲のCDまでついており、八重山古典民謡を学ぶ上で画期的な著書である。當山氏の労作がなければ、この拙文は成り立たなかった。
 まえがきが長くなったので、具体的な中身については次からにしたい。
スポンサーサイト

島唄 | コメント:0 | トラックバック:0 |
<<変容する琉球民謡ー八重山から本島へ。「夜雨節」 | ホーム | デイゴの当たり年>>

コメント

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

| ホーム |