レキオ島唄アッチャー

変容する琉球民謡、番外編。大田名節

 伊平屋島の大田名節
 八重山の「大田節」について調べていると、伊平屋島にある「大田名節」という曲が、少し似ていることに気付いた。曲名も一字違いである。ただし、どちらかが原歌でどちらかが替歌というほどではない。曲の入り方は似ている。後半は、「大田節」よりも高音を使っているが、曲調はなんとなく似ている。八重山と伊平屋島では、遠く離れているから、似ているとすれば偶然の一致だろうか。
 
 歌詞を見ると、八重山の「大田節」とはまるっきり違う。伊平屋島の「大田名節」は、「シマ褒め」「村褒め」の歌詞である。
 インターネットの「美ら島物語」サイトの「恋し しまうたの風」で、現地で住民の方に実際にこの曲について伺ったことが書かれていたので、紹介する。
 <「大田名節」は、“伊平屋島で最初に人が住んだ”と言われる田名集落に伝わる古い歌で、作詞作曲者、できた年代はわかりません。
 島の方は、「600~1,000年くらい前の歌ではないかなぁ」とおっしゃいます。「田名の人たちにとって、『大田名節』が古い歌であるということが誇りなのですよ」と仰るのは今回コーディネーターとしてお世話になった嘉手納知子さん。>



    

 「大田名節」歌詞と大意
1、だんじゅとよまりる 大田名の島や
  後岳やくさて め森前なち
2、田名屋のんどぬち 黄金燈籠さぎて
  あまぬ明がりば みるくゆがふ
3、念頭平松ぬ 枝持ちぬ美さ
  田名ぬ乙女の 身持ち美さ
 (大意)
1、広く知られている大田名の島は
  後岳を後ろにして め森を前にしている
2、田名の祝女殿内にある黄金燈籠をさげて
  それに火が灯され明るくなれば 弥勒果報だ
3、念頭平松は枝ぶりが美しい
  田名の乙女は身持ちが美しい
 (「レファレンス協同データーベース」から)

 『琉歌大觀 増補』(島袋盛敏、沖縄タイムス社、1978年)では、「大田名節」について次の記載がある。
 <大田名節(おほだなぶし)八首を掲載。語意・歌意・解説を収録。大田名節について「大田名節八首の中、六首までは田名村のめやらべたちの面影を伝えると共に、田名の地勢や風物をもあわせて歌い、ひいては伊平屋島全体の古代を思わせる歌曲である。」と説明している。>

 伊平屋島では、とても名高い曲で、「大田名節大会」が開かれている。YouTubeでアップされた大会の模様を見ると、子どもたちも演奏しており、伊平屋島ではこの曲がとても大切にされ、長く歌い継がれてきたことがわかる。

     
    RBCラジオ「民謡で今日拝なびら」2017年4月13日放送分
    4曲目に「大田節」が入っているので再録する   
 
 八重山の「大田節」と伊平屋島の「大田名節」の動画を比べて見てほしい。私的には、両者が似ているのは偶然の一致とは思えない。どちらが原歌かわからないし、どのようなルートで伝わったかもわからないが、両曲は共通の土台から生まれた民謡ではないかと思えて仕方ない。

 琉球弧の島々は、古い時代から「海の道」を通じて人と物、文化の交流が行われてきた。だから、離島から離島に芸能が伝わることもありえないことではない。民謡でも、奄美諸島の早弾き曲の「六調」が沖縄本島は飛び越して八重山に伝わっているのもその一例である。
 「大田名節」が「大田節」と似ているということは、それが「ダイサナジャー」とも似ていることになる。私の感想として、この3曲の土台には、互いに相通じるものが感じられる。
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