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変容する琉球民謡、番外編。大田節

 変容する琉球民謡―八重山から本島へ、番外編

大田節とダイサナジャー  
 先日、ラジオを聴いていたら、八重山古典民謡の「大田(ウフダ)節」が流れてきた。「これはよく聞く曲だ」とすぐ思い当たる曲が頭に浮かんだ。「ダイサナジャー」である。解説の上原直彦氏は「この曲は、エイサーでもよく使われる」と話していた。八重山民謡をサークルで学んでいるが、この曲はまだやっていない。たぶん将来もやらないままですみそうだ。

 工工四(楽譜)を見て弾いてみた。なるほど「ダイサナジャー」によく似ている。なにより、囃子がそっくりだ。「ダイサナジャー」よりもこちらの方が素朴である。「ダイサナジャー」は、もっと手を加えて、曲も少し長くなっている。なるほど、エイサーで使えるようだ。
 まだこの曲で踊るエイサーは見たことがない。YouTubeで検索するといくつか沖縄県内各地の青年会のエイサーがアップされている。道化役のチョンダラーが、赤い褌を「アカサナジャー」を長く垂らして踊っている。
 といっても、八重山の元歌と見られる「大田節」はまったく、「ダイサナジャー」の歌詞とは内容が異なる。
 まず八重山の大田節から見てみたい。
       
     RBCラジオ「民謡で今日拝なびら」2017年4月13日放送、
     4曲目に大工哲弘さんの歌で流された。
 大田(ウフダ)節
1、大田屋(ウフダヤー)ぬ片禿(カタカムレー)ま ヤゥウネ 大田屋ぬ
 炭焼(スィンヤ)くぃかむりゃーヤゥウネ
 イラヤゥマーヌハイヤーシューラヤゥ
2、岳はずぃ道ば通いだす 網張(アンパアル)道ば通いだす(囃子省略)
3、誰(タル)がゆやんどぅ通いだる 何(ジリ)がつぃにゃんどぅ通いだる
4、崎枝(サキダ)くやーまぬゆやんどぅ 女童(ミヤラビ)ぬつぃにゃんどぅ
5、網張湊(アンパルミジュ)や潮(スー)や満(ン)ちゃ 
 湊(ミナト)まや潮や入りゃ
6、なゆばしどぅ渡(バダ)り行く 如何(イキャ)ばしどぅ越(ク)行く
7、やいとぅかいとぅ渡り行き やっとぅかっとぅ越や行く
8、くやーま家(ヤー)に入(ペー)り行き 女童家に移り行き
9、たんでぃとーどぅくやーま母(アブ) がーらとーどぅくやーま父(ビゲ)
10、くやーまにや 我(パヌ)ん呉(ヒー)り 女童や此(クリ)ん呉り
11、あねーりぅ片禿ぬ 彼(カ)ぬしゅくぬ 炭焼きぅ禿ぬ 
 此ぬしゅくぬ ならぬならぬ 片禿ま
12、仮屋ぬ姉(アンマ)ん なりどぅ見だ 3年ぬ姉ん なりどぅ見だ
13、太陽(ティダ)傘ん 差しどぅ見だ 裏付(ウラチゥ)きぅ
 足駄(アシゥザ)ん 踏みどぅ見だ
14、泡盛酒(アワムリゥザキ)ん 持ち来(ケ)ん 酒ぬ花ん 持ち来ん
15、あぬーりぅ泡盛酒 何しゅが 酒ぬ花や 如何(イキャ)しゅが
 何とぅしゃーんてん ならぬす ならぬ戻り 片禿ま

歌意
1、大田屋の片禿げ頭の男が 大田屋の炭焼き業の禿げ頭の男が
2、タキハジゥ道を通っていた訳は アンパアル道を通っていた理由は
3、誰を訪ねるために通っていたのか どの人のために通っていたのか
4、崎枝村のクヤーマに会うために 娘を訪ねるために通っていたのだ
5、アンパルの水路は潮が満ちていたので 小さな入り江は潮が満ちていたので
6、どうやって渡って行くのか いかにして越えて行くのか
7、辛うじて渡って行き やっとのことで越えて行った
8、クヤーマの家に入って行き 娘の家に移って行き
9、どうかお願いクヤーマの母御よ 心からお願いクヤーマの父御よ
10、クヤーマニを私にください 娘さんをこの私にください
11、あんな片禿げ頭ごときのおとこが炭焼きの禿げ頭ごときの奴が 
  駄目だ駄目だ 片禿げ頭の奴め
12、仮屋(在番の宿舎)の愛妾にもなったんだよ 3年間の愛妾務めもしたのだよ
13、日傘もさしたことがあるのだよ 裏付けの下駄も履いたことがあるのだよ
14、泡盛酒も持って来ました 酒の花も持って来ました
15、あんな泡盛酒にどれほどの価値があるのだろうか 酒の花に如何ほどの値打ちがあるというのだ 
  何としても無駄なことだよ  駄目だ帰れ片禿げ頭の奴め

 石垣島の四箇村(石垣市の登野城、大川、石垣、新川)に住む片禿げ頭の男が、崎枝村のクヤーマ女に恋して、両親を訪ねて「娘さんをください」と懇願するがきっぱりと断られる物語の歌である。
 両親は、「片禿げ頭の、炭焼きごとき男に駄目だ」ときっぱりと拒否する。興味深いのは、その理由としてあげている娘についての話である。娘は、首里王府から派遣されている在番の役人の愛妾を3年間務めた、百姓には縁の遠い「日傘も差した、裏付き下駄も履いた」と自慢する。

 在番役人や八重山蔵元(首里王府の出先官庁)から遠隔地や離島に派遣される役人は、単身赴任が原則だったので、地元の美人を選んで賄い女(現地妻)とすることが慣例化されていた。この歌の在番の愛妾も同じような立場だったのだろう。
 賄い女は、赴任中は夫婦同然に子どもも生み、家族として暮らしながら、役人は任期が終わると妻子を残して帰り、戻ることはない。役人に目をつけられると嫌でも無理矢理、賄い女にされる。そんな辛い悲しい運命にある。

 八重山民謡には、権威をかさにきた役人の横暴や賄い女の哀れを歌った曲が数々ある。一方で、役人が帰る時、土地をもらえるなど「恩典」もあったという。でもそれは賄い女という存在の本質的なものではないと思う。両親は自慢するが、愛妾だったクヤーマが幸せに暮らしているとはとても思えない。
 この歌は片禿げ頭の男をからかう一種の滑稽歌のようだ。
 クヤーマの両親は、片禿げ頭の男が気に入らない。だから役人の愛妾だったことを自慢するというよりも、「役人の相手に選ばれるほどの娘だから、お前にはやれない」と断るための理由にしたのではないか。そんな感じがする。
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