レキオ島唄アッチャー

泡盛「時雨」に巡り合う

泡盛に「時雨(しぐれ)」という隠れた銘酒がある。今年とある新年会の席で、「泡盛は時雨がいいね」という声を聞いた。「それはどこの酒ですか」と聞くと、首里赤田の酒だ」という。その席で出された甕に入った泡盛が「時雨」だった。だが、その時は、車を運転して帰るので残念ながら飲めなかった。
 スーパーなどの酒売り場を見るたびに探していたが見当たらなかった。だが、先日、浦添市沢岻にある業務スーパーの酒売り場でついに見かけた。
 古酒ではないが、「古風味豊かな時雨」と銘打っている。30度の泡盛4合瓶である。首里赤田町の「識名酒造」が造っている。
「当社の泡盛は元東京農業大学短期大学部・醸造学科『中田久保教授』によって黒糖から分離開発された酵母『5・15』を使用し香り豊かな泡盛に仕上げています。ロックや水割り、冬にはお湯割り等お好みに応じてお楽しみ下さい」とのラベルが張られていた。
 泡盛を味わうのには、水割りやお湯割りにするよりも、盃に注ぎストレートで飲むのが一番味が分かる。後から水を飲む。
 口に含んでみると、とてもマイルドな味である。30度あっても、刺激的な辛さはない。香りはそれほど強くない。飲みやすいことは確かである。古酒も飲んでみたい。
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 琉球王府時代は、王家の厳しい管理の下で、泡盛づくりが首里三箇(赤田、鳥堀、崎山)だけ許されたそうだ。戦前、首里には約70もの泡盛工場があった。その一つ識名酒造は、赤田町で創業大正7年より、泡盛作り一筋に歩んできた。
 識名酒造は、戦禍を潜り抜けた王朝時代から伝わる最古の古酒があることで有名である。先々代 識名盛恒は、首里に戦火が及びそうになると、大切にしていた南蛮がめの古酒3本を庭先に深く埋め、妻と二人の娘を連れて南部へと逃げた。逃げ惑うなか、妻と娘の一人が砲弾の直撃を受け亡くなった。
                沖縄最古の泡盛
           沖縄最古の泡盛。左が約150年物で、右が約100年物(識名酒造HPから)

 戦後、首里に帰り焼け野原になっていたこの地を何日も庭を掘り返し、3つ埋めた南蛮がめのうち、奇跡的に2つのかめが無事に発見された。約100年物、約150年物の古酒を「識名家の家宝」として、この古酒を守り続けているという。この項は、識名酒造HPの文章を参考にして紹介した。
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