レキオ島唄アッチャー

按司には二通りの意味がある、その2。始祖

 始祖を意味する名称にも使われた「按司」
 稲村賢敷氏は、さらに以下のように議論を展開している。
 <然し斯かる按司とは全然その意味を異にしたもので、この上津覇の嶽の碑に記されているように、上津覇按司、又は大湾按司という場合の按司という名称は領主とか城主とかいう意味は全然なく、上津覇門中(大氏族)、大湾門中(小氏族)の始祖に対する名称として使用されている場合があるのである。>

 <私は国頭村字比地のウンジャミ祭を調査した時字比地の各氏族が、それぞれ別個に拝所をもちそして其の氏族の拝所の祭祀は、各氏族の人々だけで執行しているのを見て、この拝所の神は何と申し上げるかという事を尋ねたことがある。是の人々はそれぞれ拝所でアズ神(按司神)と称して祭祀を行なっているんだという答えであった。この場合のアズ神は一族門中の始祖に対する名称であって、かの上津覇ノ嶽に祭られている、上津覇按司、大湾按司という名称と全く同じ意味であって、一族の始祖に対する名称である。彼の中世以後になって新しく起こった武力を有し城を有し又は世襲的官僚化した意味の按司(アズ)とは全然別個の意味に使用されている事は明らかである。…
             沢岻按司墓
               浦添市沢岻にある沢岻按司墓
 同一氏族の始祖に対して、上津覇門中の人々は按司神(アズガム)と称しており、又国頭村字比地でも彼等の始祖に対して按司(アズ)神と称して居り、宮古池間島でも按司神という名称に敬称に当たる「大(ウプ)」を冠して大按司神(ウパアルズ)が詰まって「ウパルズ神」という名称を以って称しているのである。…
 則ち按司という名称の意味として、一氏族の始祖に対する名称として、池間島の「ウパルズ」、狩俣部落の「てだの大按司(ぷーず)」、沖縄島に於いては中城間切、津覇村では上津覇按司大湾按司等の名称があり、国頭間切比地村では按司神と称している。これ等の用例から見て、氏族の始祖に対して、「アズ」又は「ウプアズ」という称号が用いられた事が考えられる。(『沖縄の古代部落マキョの研究』)>
 
 このように稲村氏は、「一氏族の始祖に対する名称として」も按司、按司神と称したことが「按司」の起原であることを明らかにしている。私が前に見た拝所の按司の名もこのような意味で使われていたのだろう。
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