レキオ島唄アッチャー

読谷山焼陶器市をめぐる

 読谷村の「やちむん(焼物)の里」で、読谷山焼陶器市が開かれているので、訪ねて見た。
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 ここはいま、読谷山窯、北窯の登り窯があり、たくさんの工房が集まっている。食器から花瓶や守り神のシ―サーまで陶器を焼き、販売している。毎年12月の第3金曜日から日曜日まで、読谷山焼陶器市が開かれる。やちむんの里で開かれる陶器市に来るのは何年ぶりだろうか。 
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                 登り窯
 それぞれの工房が所狭しと焼物を並べているが、膨大なので見るのも時間がかかる。いいなと思っても、値段がけっこう高いので手が出ない。でも、自然いっぱいの広大な場所に散在している工房で、やちむんを見て散策するのは気分がよい。
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 伝統的な沖縄の図柄のものから、あまり沖縄らしさはないモダンな焼物までさまざまだ。最近は、沖縄らしさにこだわらない色合い、図柄の焼物が増えている感じだ。
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 ツレは、泡盛を入れる酒器「カラカラ」を買い求めた。いまは、カラカラの中に玉を入れ、振ると「カラカラ」と音が出るものが人気だという。
 日曜日なのでとても人出が多い。なぜか家族連れのアメリカ人など外人が多い。沖縄の陶器に興味があるのだろうか。
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 なぜ読谷村に窯元が集まっているのだろうか。もともと、那覇市の壺屋に登り窯があったけれど、煙害による環境問題があり、自然豊かな読谷に移ったと聞いたことがある。
 「読谷村観光協会」HPに「やちむんの里」の歴史が書いてあったのでそこから紹介する。
 <1972年、壷屋にて焼き物をされていた金城次郎氏(故人)が読谷に工房を移しました。1980年には中堅の陶工4名が共同登窯を築き、初の窯出しとなりました。この窯でできた焼き物を読谷山焼と称し、この共同登窯を中心としてやちむんの里が形成されました。この里をベースとして読谷村内に多くの陶工たちが集まり、現在では村内各地に50余の窯元があります。金城次郎氏は、1985年に沖縄初の人間国宝(重要無形文化財保持者)と認定されています。このように、読谷村は沖縄陶芸の歴史変遷の一端を担う場所となっています。>
 読谷村内にはいま、65もの工房があり、それぞれ特色あるやちむんを作っているそうだ。
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