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活発に海外交易を行なった具志頭のグスク、その4。グスク時代の遺跡

 グスク時代の遺跡
 『具志頭村史』は、具志頭にある城跡について、改めて紹介している。
 <多々名城址
  城内の郭は、4つに区分できるものと推定され、一の郭が最も高い地域にあり次いで2―4の郭と低くなる。但し、北側は全体的に高い地域で、南側は低くなる地形である。城壁の保存は全体的に良く残っている。一の郭で最高5米を測る。2―4の郭は最高4米を測る場所がある。
 南側には城壁はなく、土塁が上石塁のような盛土が崖に沿うように造られていて、抜け道(石灰岩礫で築く)がある。四の郭に城門と見られる部分がある。また郭の張り出しも4ヶ所認められる。この張り出しは防禦施設の横矢掛りが考えられる。…
出土した遺物は、フェンサ、上層式土器を主体とし、輸入陶器、輸入磁器、須恵器、染付、沖縄製陶器、近世の陶質土器、青銅製カンザシ、滑石製石錘、石器、沖縄貝塚時代前期系土器、魚骨、獣骨、貝類、軽石、石材片が出土した。…
本グスクの出土遺物から主体となる時期は14世紀~15世紀に位置づけられる可能性が大きい様である。具志頭城とほぼ近い時期にある(具志頭村教育委員会・具志頭村の遺跡より)>
              多々名城平面実測図 
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