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国境の島・与那国島、台湾との交流の伝承

 国境の島・与那国島

 興味深い台湾との交流の伝承
 与那国町の発刊した『与那国島―町史第三巻~歴史編~』を読んでいると興味深いところがいくつかあった。町史は「黒潮の衝撃波 西の国境 どぅなんの足跡」の副題が付けられている。
 もっとも興味を引かれたのは、琉球王府から廃藩置県後も残った人頭税時代(一六三七年から一九〇三年まで)に、与那国島に役人が送られてきたとき予想もしない対応についてである。
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 北條芳隆著「与那国のあけぼの」は、文化人類学者の安渓游地氏が与那国島に残る人頭税時代の伝承を聞き取ったものとして、採録された全文を紹介している。
  「与那国島の東の端の岬には、島にやってくる船を見張る番人がいつも置かれていて、船を見つけると島の中央にある部落まで早馬を走らせ知らせた。特に石垣島からの役人がやってくるときには大変だった。島には米や酒といった贅沢品を貯蔵する蔵があったが、そこに大量の物資があることを発見されないように急いで隠さなければならなかったからである。狭い島の中に隠しても発見されるので、役人の船が着くまでの短い時間のうちに、かねて準備してある舟にこれらの物資を積み込んで、とりあえず西の洋上にこぎ出すのである。行く先は、与那国島と台湾の中間にある、両島の共通の漁場だった。目的地に着くと与那国島の舟は白い旗と赤い旗を掲げた。白い旗は助けを求めるしるし、赤い旗は緊急を知らせるものだった。
 
  台湾から漁にきた舟がこれを見つけると、いったん台湾に戻って食糧と炊事用具を積み込み、与那国島の舟の救援にかけつけてくれる。天気が悪いときなど台湾の舟と出会て安定させ、それからは毎日、ともに米のご飯を食べ、酒を飲み、言葉は通じないがそれぞれの島の歌と踊りで交流する海上のお祭りが続いた。石垣島からの役人の与那国島訪問が終わるとこの祭りも終わりとなった。台湾の舟との別れにあたって交換した着物を長く記念に保管している家も与那国島にはある」(注1安渓游地「隣り合う島々の交流の記憶―琉球弧の物々交換経済を中心に」)
 以上が島に伝わる伝承である。
 
  北條氏は、この伝承は、おそらく島詰の役人を含めた全島民が、琉球王府側に対する租税や貢納をどう位置づけたのかをよく物語っており、「与那国島の歴史を考える上でまことに示唆深い」。そして、強く印象づけられるのは、「台湾の島民との密接な交流である」という。
  なにしろ台湾島の東海岸と与那国島との距離は、わずか20キロメートルしかない。これは、与那国島から石垣島までの距離と等しい。
                  与那国島地図
さらに本伝承の舞台背景に注目する。「与那国島民と台湾島民の間では、一定の海域が共同の漁場であると相互に了解されており、そこでの遭遇は、交易や交換の絶好の機会でもあった」という。海の上には、国境の壁はない。与那国と台湾の島民は、古くからこうした交流を続けてきたのだろう。

与那国島には、人頭税の過酷さを物語る伝承が残されている。岩の割れ目を妊婦に飛び越えさせて、飛び越えられないものは、割れ目に落ちで死んだ(クブラバリ伝説)。号令をかけて住民を田んぼに集合させ、遅れて入れないものは殺された(人升田伝説)。人口が増えることによって、年貢が重くなることを避けるための人口調節があったという悲しすぎる伝承である。
  これらは、厳密にいえば、確かな史実とはいえないらしい。ただ、そんな伝説が長年にわたり島民のなかで伝えられ、受け継がれてきたということは、人頭税がいかに島民の苦しめたのか、その反映があるだろうか。

 役人が来島する際に、貯蔵物資を舟で積み出したという伝承には、不思議なところがある。貯蔵していた米や酒を役人の目から逃れることだけが目的なら、なにも台湾との中間点まで行って、助けを求める旗を掲げて台湾の舟を呼び寄せる必要はない。わざわざ呼び寄せたのは、舟上でお祭りをするためでもないだろう。貯蔵物資を使って着物など必要な品物と交易をすることが狙いだったのだろうか。舟に積み込んだ物資は、すべて飲み食いと交易に消費したのだろうか。
  もしも、交易が主目的なら、役人が来るときでなくても、他の時期に出て行ってもよさそうなものだ。役人が来るときに、舟で積み出したのは、やはり貯蔵物資の摘発を逃れることが主目的だと思う。物資の一部を交易などに使っても、残りの物資はもう一度与那国島に持ち帰り、貯蔵したのではないだろうか。伝承が持つ意味を考えると、そのように理解するのがもっとも合理的ではないかと思う。
 いずれにしても、この伝承には、台湾に近い与那国島ならではの島民のたくましさ、巧みな知恵の発露があると思う。
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