レキオ島唄アッチャー

笑いを囃子にした「国頭サバクイ」、その2

 照屋林助著『てるりん自伝』に戻る。ここから笑いの囃子についての考察である。
 <しかしこのわざとらしい笑いの部分に着目すると、これはきれいに説明できます。木遣の仕事は危険な仕事だから、大いに用心しましょう。人が死んだり怪我したりするのは、神様の怒りにふれてそうなるんだから、まず神様をしずめましょう。神様は笑い声が大好きだから、みんなで笑いましょうと。だから木遣歌は笑わせるための歌になっているはずなんです。
 木遣をする人のまわりを、スルガーカンプーが走りまわります。スルガ―というのは、シュロの木の網目の繊維です。それをそのまま丸く輪切りにしたものを頭にすっぽりとかぶって、キージーファーという粗末なかんざしで刺し止めて、それを打ち振り打ち振りしておどけて見せるのがその役目です。カンプーは髪型の名ですが、漢の風俗からきたものという説もあります。それを頭にかぶって、赤ふんどし姿で、ヤーシグヮーという酒を入れた椰子の実を腰にぶらさげ、木遣の人たちに飲ませたり、団扇をもって扇いでやったり、わざと滑って転んで見せたり、おかしなことをしてまわりに笑い声を満ちあふれさせるための道化の役を演じるわけです。

 これは七月エイサーでも見られます。おおまじめにやっている部分があるかと思うと、そのまわりに笑わせ役のスルガーカンプーがいて、ひょうきんなことをやります。平安名のエイサーというものなんかは、まるごと道化で、全員スルガーカンプーです。これには一名滑稽踊りというサブタイトルがついていて、歌も振り付けも滑稽なものを、新作もふんだんに取り入れて構成してあります。わたしの作った歌も、ときどきうたわれているようです。
人は誰でも幸せになりたい、そのためには笑ったほうがいい、そういうわけで笑う行事をいろいろ作り出したんですね。戦争のあとも、こんな悲劇の島なんだけど、すぐに笑いが飛び出してきました。>
            
 宮古島の「ヨンシー」の動画
 「国頭サバクイ」関連の動画を「YouTube」で探していると、多良間島や宮古島の歌がアップされていた。先島にも伝わったようだ。といっても、多良間島や宮古島は平坦な島で山らしい山はない。材木も乏しい島なのに、木遣歌の「国頭サバクイ」の歌が伝わっているのは面白い。
 照屋林助さんの著書から紹介してきたが、林助さんといえば、戦後の沖縄で小那覇舞天とともに「生き残ったことをお祝いしよう」と呼びかけ、村々で歌い芸を演じた方だ。前川守康(前川守賢、ゲンちゃんの父親)と組んだ「ワタブーショー」(デブの意味)で人気を博した。
「パロディーや歌謡、洋楽などを盛り込んだ、可笑しくも含蓄の深い漫談で長年に渡って活躍。その芸風は後進の沖縄芸能・ミュージックシーンに多大な影響を与えた」(ウィキペディア)。
  「ワタブーショー」の動画があったので紹介する。映画「ウンタマギルー」のプロローグだという。
             
 林助さんが指摘されているように、沖縄民謡の囃子は、歌の歌詞とは切っても切り離せない民衆の思いが込められており、それぞれ意味合いがある。
 笑いをその芸の中に取り入れ、県民から愛された林助さんならではの興味深い考察だと思う。

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