レキオ島唄アッチャー

笑いを囃子にした「国頭サバクイ」,、その1

沖縄の木遣歌といえば「国頭(クンジャン)サバクイ節」が有名である。「サバクイ」(捌吏)とは、間切(いまの町村)の上級役人を指す。この曲は、沖縄民謡の中でも独特のリズムと旋律で、人気がある。踊りも滑稽で、お祭りなど様々の機会に踊られる。
 独特といえば、歌の中の囃子は、他に類を見ないほどユニークである。といっても、その意味を深く考えたこともなかった。たまたま照屋林助著『てるりん自伝』を読んでいると、この曲の囃子についての指摘があった。それは民謡のなかの「笑い」についてのべたくだりであるが、なるほどと思わされた。著書のなかから、その部分だけを紹介する。
 <歌になった笑いもあります。「国頭サバクイ」という木遣歌の中に笑いが組み込まれているんです。これは、木曳き式のときに材木を引っ張る人たちを励ます歌ですが、その歌の中に、「イーヒヒヒヒーヒー、アハハハーハー」という囃子の部分があります。これは笑いを音楽化したものです。「国頭サバクイ」は古典として専門家によって一度きれいに編みなおされているので、なまなましく笑うんじゃなく、「イーヒヒヒヒーヒー、アハハハーハー」ときれいに音楽化してうたわれています。>

               
            「国頭サバクイ」の動画。

 <ところが多良間島では同じ歌を、「多良間ヨンシー」と言っていますが、うたうことを中断して、実際に笑うんです。「ヨイシーヨイシー…」というかけ声の後に、ワッハハッハッハッと地声でもって笑います。おかしな格好でおどけて笑って、見物衆を笑わせて、大爆笑になったところで、また、「スイティン、ジャナシヌ…」と次の歌に入って行きます。これを聞くと、なるほど、笑うことが非常に重要な目的なんだなということがわかります。
 「国頭サバクイ」そのものは民謡研究家たちによってかなり詳しく研究されていますが、「イーヒヒヒヒーヒ」という部分については、まったく触れられていません。昔からの民謡の人も古典の人も、囃子には大した意味はないというのが定説のようで、研究といっても、本歌詞のところだけ取り上げてその意味を解釈するのがほとんどですが、わたしの考えでは、それでは核心に触れられません。
 「国頭サバクイ」は、国頭山中から切り出した材木を首里まで運ぶという歌詞がついてますが、その歌詞は地方によっては、別の文句にすげ替えたり、作り変えたりします。何でもかんでも、とにかくおもしろいトピックをうたうようにして、みんなをもっと喜ばせようというわけで、いろんな歌詞が入ってくるのです。中には、木遣とは関係のない恋愛の唄になっているものさえあります。歌詞だけが重要だという見方をしていると、それが木遣歌としてうたわれる理由がわからなくなります。>
        
                 「多良間ヨンシー」の動画

 ここで「国頭サバクイ節」の歌詞をあげておきたい。
♪サー首里天加那志(シュイティンジャナシ)ぬ ヨイシーヨイシー 
 サー御材木(ウゼムク)だやびる 
 (首里の国王様の御用達の材木だよ)
 サーハイユエーハーラーラー サーハイガヨイシー サーイショショショーショ 
 イーイヒヒヒーヒ アーアハハハーハ
♪サー国頭サバクイ ヨイシーヨイシー サー御嶽(ウタキ)の前(メー)から
 (国頭の番所のお役人の指図で 拝所の前から)
♪サー名護山樫木(カシヂ)ヨイシーヨイシー サー重(ンブ)さぬ引からん
 (名護山の樫の木は重いので引けない)
♪サー御万人(ウマンチュ)間切(マヂリ)やヨイシーヨイシー 
 サーみな肝揃(チムスル)とてぃ
 (万人の間切のみんなで心を一つにそろえて)
            
    動画は「国頭サバクイ~笑いと恐怖」について語る林助さん
  首里王府の御用達の材木を、沖縄北部の山中から役人の指図のもとに、村の住民らが総がかりで運ぶ様子がうかがえる。やんばるの広大な森から材木を伐り出し、角材などに加工して船に積み、与那原の港まで運搬し、そこからさらに首里王府まで運んだという。
 とくに材木の切りだしと搬出は、危険を伴う重労働である。駆り出された住民が、力を合わせて行う共同作業には、歌が欠かせなかったのだろう。 
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