レキオ島唄アッチャー

沖縄戦の戦跡を訪ねて、シュガーローフ

シュガーローフ(慶良間チージ)

 国道330号線から那覇新都心「おもろまち駅前」の交差点を左折するとすぐ左側、DFSギャラリアの向かいの丘陵部が沖縄戦の激戦地として知られるシュガーローフ(慶良間チージ)である。那覇市水道局の「安里配水池」と呼ばれる大型タンクがそびえる場所に、戦跡の地を示す説明板が建てられている。大分前に行ったけれど、まだブログでは紹介していなかったのでアップする。
 慶良間チージの「チージ」は頂上の意味。この丘が慶良間諸島の良く見える高地だったからだと聞く。説明板から紹介する。
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 「沖縄戦の激戦地。字安里の北に位置する丘陵地帯に築かれた日本軍の陣地の一つ。日本軍は“すりばち丘”、米軍は“シュガーローフ”と呼んだ。一帯の丘陵地は日本軍の首里防衛の西の要衝で、米第6海兵師団と激しい攻防戦が展開された。
 とくにここ慶良間チージの攻防は、1945年5月12日から一週間に及び、一日のうち4度も頂上の争奪戦がくりかえされるという激戦の末、18日に至り米軍が制圧した。
 米軍は死傷者2662人と1289人の極度の精神疲労者を出した。
 それ以後、米軍は首里への攻勢を強め、5月27日、首里の第32軍司令部は南部へ撤退した。沖縄戦は、首里攻防戦で事実上決着していたが、多くの住民をまきこんだ南部戦の悲劇は6月末まで続いた」
ここは、太平洋戦争で硫黄島と並ぶ有名な激戦地とされている。この高地の争奪戦で日米軍が顔と顔が見えるほどの接近戦で、手りゅう弾を投げ合うなど死闘を繰り広げた。頂上部を11回も取ったり取られたりしたという。シュガーローフは、日本軍側では安里52高地とよばれていた。
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 防衛庁防衛研修所戦史室著」『沖縄方面陸軍作戦』では次のように記述されている。
「首里西方の真嘉比、安里、天久台地区は、13日早朝から艦砲、地上砲火、航空攻撃に支援された戦車を伴う強力な米軍の攻撃を受けた」
「14日早朝から、全正面にわたって米軍の攻撃を受け、特に安里東側の52高地地区で激戦が展開された」
「16日那覇北方の安里から真嘉比にわたり、米軍は0800ころから強力な火力支援の下に戦車を伴って来攻し激戦が展開された。戦闘の焦点は52高地地区で、一時同高地頂上付近を米軍に占領されたが、わが部隊は有効な砲迫の支援もあって勇敢に撃退した。しかし、わが損害も多く52高地付近を守備していた海軍の山口大隊は昼間逆襲を実施し、大隊長山口少佐以下ほとんどが戦死し残存者は負傷者22名という状況となった」
米側戦史では16日は「沖縄作戦最悪の日」と称されている。 
17日、日本軍は「52高地の米軍を逆襲し同高地を確保した。0830ころから米軍は、猛烈な砲攻撃の支援下に戦車を伴って52高地、真嘉比地区に猛攻を開始した。52高地は包囲攻撃を受け接戦激闘が続き、米軍を撃退したが、わが損害も多大であった」
18日、「安里東側の52高地地区は、18日早朝から猛烈な砲迫の集中火と戦車を伴う強力な米軍の攻撃を受け優先したが、1000ころには52高地頂上付近は米軍に占領された」
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 新都心地区は、戦後は米軍居住地域として米軍が接収していたが、返還後に開発事業が行われ、大型商業施設や高層ビルが立ち並ぶ。
 まだ安里52高地の開発事業がはじまったころ、削り取られた丘の斜面には、米軍の無線機器の破片や、背嚢の金具、つぶれた水筒、アメリカ軍の小銃の残骸や日本軍の軍靴の底、ベルトのバックル軍服のボタンなど、日米両軍の装備品が無数の破片となって遺骨とともに散乱したという。
 これは、遺骨収集ボランティア「ガマフヤー」代表として、活動している具志堅隆松さんが1991年に目撃した光景である(同氏著『ぼくが遺骨を掘る人「ガマフヤー」になったわけ。』)。
 具志堅さんは、市役所に報告して遺骨収集を要望したが、収集されないまま遺骨を含んだ土は、トラックでどこかへ運ばれた。ここで遺骨を助けることができなかった悔しさが、具志堅さんがその後、近くの真嘉比で遺骨収集の活動に取り組む一つのきっかけとなったという。
 「安里52高地周辺は、無数の人間の血と命を吸い込んだ土から亡骸を取り出すという、戦争の犠牲者に対する慰霊と償いの行為をすることもないままに、『那覇新都心』として近代的な街に変貌していきました」と記している。
 新都心を歩くとき、決して忘れてはならない歴史と戦跡である。
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