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琉球弧の歴史と喜界島(11)、外的な力

琉球に影響を与えた「外的な力」
 琉球のグスク時代とそれに続く時代の発展について、琉球の「内なる発展」ではなく、「外的な力」の働きがあったという指摘がされている。
池田榮史氏(琉球大学教授)は、11世紀以降から琉球国成立期までに琉球諸島への外的な力について次のようにのべている。
<11世紀代の沖縄諸島、さらには宮古・八重山諸島で起こる社会的文化的変化は、南島物産の調達を目的とした日本古代国家や商人たちの動きによって引き起こされたものであり、沖縄諸島における貝塚時代からグスク時代への転換、さらには宮古・八重山諸島を含めた琉球国成立への胎動は、このような外部すなわち日本からの働きかけによって引き起こされた(池田)。(吉成直樹、高梨修、池田榮史著『琉球史を問い直すーー古琉球時代論』)>
                   糸数城跡
                    南城市の糸数城跡
 さらに、おおむね14世紀後半から15世紀半ば頃にかけての時期に、いずれのグスクでも大規模な拡張が行われたことについて、次のような指摘がされている。
<池田榮史は、こうした大規模な拡張工事による、城塞の拡大と整備、基壇建物の造営という構造化は「内部の論理」(内なる発展)ではなく、外的な力が働かなければ起こらないと指摘する。このグスクの構造化に働いた外的な力とは、琉球が明の招諭によって朝貢を開始し、交易が急激に拡大したことであることはほぼ間違いない。…
 城塞型の大型グスクの大規模な拡張工事を行うためには、莫大な財の所有とともに、土木・建築技術者、瓦工など多くの技術者集団などを差配できる存在を想定しなければならない。…
 大規模な拡張工事を行い、城塞の整備や基壇建物を造営する財力を持ち得たのは誰か、という問題が生じる。…外部からの力を想定しなければ説明することは難しい。また、交易システムの急激な転換は、朝貢貿易の開始という明の働きかけによる要因ばかりではなく、沖縄島への新たな交易者の参入や、それに刺激を受けた在地の勢力による新たな交易システムの構築によってもたらされたと考える必要があろう。(吉成直樹、高梨修、池田榮史著『琉球史を問い直すーー古琉球時代論』)>
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