レキオ島唄アッチャー

頑張った!横浜ベイスターズ初のクライマックスシリーズ進出

 プロ野球でセリーグは広島が25年ぶりに優勝したことが最大の話題だが、横浜ベイスターズがクライマックスシリーズ進出もよく頑張ったと思う。なにしろ10年間最下位に低迷していたからだ。
 横浜との関わりは東京に住んでいた時代、ツレが横浜出身なので応援し、横浜球場にも足を運んだことがある。沖縄の春のキャンプでは、宜野湾球場に何度か見に行った。
 権藤監督のもとで1998年優勝した時のチームメンバーは今でも覚えている。その時のメンバーの最後の一人、三浦大輔投手も今シーズンで引退を表明した。010.jpg
          写真は2009年2月、宜野湾での横浜キャンプ
 体力の衰えもあるだろうが、若手が伸びてきて、初めて3位以内でクライマックスに進出できたことも踏ん切りをつける動機になったのかもしれない。
 ラミレス監督の采配については、あまりよくわからない。確かなことは、前監督の中畑清氏の4年間に少しずつチームが変わり、底力をつけつつあったのではないだろうか。昨年、途中でずっこけたが、当初はセリーグトップを走ったことでも、横浜のチーム力の向上がうかがえた。
 横浜球場に若い世代のファンが増え、観客数も伸びて、熱い応援を送ったことも、選手の頑張りを支えたことだろう。
 今シーズンは、3,4月は低迷したが、戦力がととのった5月からは、成績がよくなってきた。前は打線より投手力が脆弱だったけれど、新人の今永、2年目石田、中堅の山口、井納や中継ぎ陣と抑えも踏ん張ったと思う。打線は、4番筒香がオール日本の4番をに座るほどスゴイバッターに成長して活躍したし、ロペスの終盤での見事な働きや若手も成長して、投打のバランスもよくなった。監督はじめコーチ陣の指導も成果をあげているのではないだろうか。009.jpg
         写真は宜野湾キャンプでの工藤公康(左、2009.2)
 シーズンを通して、リードしていれば逃げ切れる、リードされていても逆転する。そんな試合がたびたび見られた。もちろん、中継ぎ、抑えの疲れもあり、逆転負けや競り負けしたこともたびたびあった。だから、優勝できなかった。まだ、戦力的にも厚みが欲しいところだろう。
 でも、初のクライマックスであり、短期決戦となれば勢いのあるチームが勝つ。3位が日本シリーズに出場する下剋上もこれまであった。ぜひ日本シリーズ進出に向けて頑張ってほしい。
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