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グスクの石垣はなぜ曲線か

グスクの石垣はなぜ曲線なのか

 沖縄のグスク跡(城跡)を見ると、石垣が美しい曲線を描いていることに驚く。大和の城跡の石垣とはまるで異なる。でも、なぜこのような曲線を描いた石垣が多いのか不思議だった。そこには、美しいだけではない、軍事的な意味があるという。當眞嗣一著『琉球グスク研究』から紹介する。
                      023[1]
                    写真はいずれも中城城跡
城壁の「折れ」のこと
 <石築グスクの築城技術は、軍事的に優れた築城技術をもつ中国・朝鮮半島などから大きな影響を受けて発達した可能性が高い。城壁の「折れ」もその1つで、グスク城壁には「折れ」の技術が各所に用いられている。
 たとえば、グスクの特徴として城跡の平面形態が曲線を描き一直線の部分が少ないということが挙げられる。屏風を立てたような曲線を描く石積みの城壁、このような城壁は風の抵抗から石垣を守るとか、単に美しく見せるというだけでは説明がつかない。城壁に見るこのような構造は、日本の城郭研究用語でいういわゆる「折れ」であり、敵兵から城を守るための軍事的に工夫された技術であるということである。 034[1]
 城壁のこの「折れ」は当時の沖縄社会に軍事的な意味において有効的に活用されたのであろう。沖縄の築城技術に「折れ」の技術が取り入れられるのは切石による石積み城壁が出現する時期からで、グスク時代の比較的早い段階からである。この「折れ」の技術はおそらく「大交易時代」に中国や朝鮮半島から入ってきた技術だと考えることができる。
                 中城城門

                  中城城城門での攻防の様子(當眞嗣一著『琉球グスク研究』から)               

 築城技術の発達
 近世城郭に見る日本の石垣は、いわゆる寺勾配とか宮勾配と呼ばれる弓状の勾配を有する石垣であるのに対し、グスク石垣では棒法(ぼうのり)になって直線処理されている。また、グスクの石垣では屏風状になって緩やかなカーブを描き曲線的になっているが、本土の城では直線的に折れ曲がっている。城壁に多数の突出部をつくったり(中国で馬面、韓国では雉と呼ぶ)、グスク石垣の塁線がカーブを描いたりするのは城壁に殺到する敵兵を側面から観察したり迎撃する目的で築かれたものである。さらに、石塁の上に防戦時に城兵を保護する胸壁を設け、城門には石造拱門や甕城が取り入れられたグスクもある。
                       046[1]
 
 グスクの形態
 城壁に多数の突起(突出部のこと)を持たせたり石垣の塁線がカーブを描いたりするのは、城壁に殺到する敵兵を側面から観察したり迎撃する目的で築かれたものである。>
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