レキオ島唄アッチャー

平敷兼七写真展を見る

 戦後の沖縄に生きた人びとを独自の視点で撮影し続けた写真家、平敷兼七さんの写真を見たくて、浦添市のギャラリーを訪ねた。
ギャラリーは、国道58号線の同仁病院の北隣にある。
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 先日、NHKEテレで特集されていたので興味を持った。
 写真展は「『沖縄人人』平敷兼七×石川竜一」。最近、評判の写真家、石川竜一さんとの二人展だ。
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 隣に美容室があるけれど、平敷さんの次女が営んでいるそうだ。ギャラリーは、入場料500円だけれど、「ドリンクがつきますが何にされますか」と言われてビックリ。テーブルと椅子があり、カフェのような感じになっている。すでに先客がいて、休まれていた。
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 写真は、平敷さんと石川さんの写真が区別なくて展示されている。でも、平敷さんはすべて白黒フィルムで撮り、石川さんはカラーなので、それとなくわかる。
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 平敷さんの写真は、沖縄らしい風景や祭り、米軍基地などまったく登場しない。そんな「沖縄らしさ」を撮る人はいくらでもいるので、他の人が目を向けない名もなき庶民、沖縄の底辺を生きてきた人々に温かい眼差しを向けている。ほとんど人物像で、ポートレートのような感じだ。 写真を見ると、被写体の人と深い信頼関係がなければ、このような写真は撮れないだろうと思わせる。                IMG_2561.jpg
 平敷さんは、写真は望遠レンズでとるな、人の息がかかるぐらい近くで接写すること、と言っていたという。写真を見ればそれを実践していたことがよくわかる。それだけ、何度も何度も会って、被写体との人間的なつながりをつくりあげたのだろう。みなさん、とても自然な表情で、その人柄までわかるようだ。
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             上の2枚の写真は、ギャラリーで流されていたビデオ画面から
  石川さんの写真は、同じような人物を撮影しても、人物をアップするのをさけているし、写真から受ける印象は、まったく異なる。
 平敷さんは、デジタルカメラでは若い人にかなわないからと、紙焼写真にこだわったという。
 私は、大和からの移住者で、平敷さんのことはこれまでまったく知らなかった。でも、ギャラリーで写真や日誌、機材など見ていると、沖縄に生きた写真家として、沖縄とそこで貧しくてもたくましく生きる人々に限りない愛情をもっていたことを感じさせる。 
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