レキオ島唄アッチャー

大城按司墓と大城城跡をめぐる(5)、二つの組踊

 大城落城をテーマとした二つの組踊
 大城按司は島添大里軍に攻め滅ぼされたけれど、それだけでは終わらない。後に、佐敷に興った尚巴志によって島添大里グスクは攻められ、その敵討ちのような歴史が進行する。大城軍と大里軍の争いを大城落城をめぐる伝承は、とてもドラマチックな物語でもあるので、組踊のテーマともなっている。大城区で伝えられた組踊「大城大軍」と、田里朝直作の「大城崩」である。
              南城市組踊「大城大軍」
                        組踊「大城大軍」(2013年公演、南城市HPから) 
 大城区の「大城大軍」について南城市のホームページから紹介する。
 <忠孝と敵討ち 大城の組踊「大城大軍」は、大城区独自の組踊であり、大城区に残る伝承を基として創作されたものである。組踊の内容は、「大城按司(真武)が島添大里按司との戦いに敗れた後、大城按司の子である若按司(真宗)とその妹が守役の外間子に助けられ、彼の故郷である玉城村の垣花に隠れ住み、さらに島添大里按司の捜索から逃れるために那覇の儀間胡城(現、那覇市垣花)に移り、隠れ住んで島添大里按司への仇討ちの機会を狙っていた時、外間子が住吉神社で仇討ちの願かけを行った所、近いうちに佐敷按司(尚巴志)が、大里グスクの攻略を企てているので協力して戦えば仇討ちがかなうと教えられ、若按司と共に佐敷按司を訪ね、共に協力して島添大里按司を討つことを約束し、2日後夜陰に乗じて、島添大里グスクに忍び込み、島添大里按司と敵将の内原子を捕らえ、仇討ちを無事行った」というものであり、田里朝直作の「大城崩」と若干内容を異にしている。>
 
 田里朝直の「大城崩」は、途中までは同じだが、物語の結末と主題が大きく異なる。
 「島尻大里の按司の欲のために、父である大城按司を殺された大城の若按司は、鮫川按司(尚巴志)と力を合わせて大里按司を討ち、敵討を果たす。さらに、大城の若按司の守役である外間の子は、逃げた大里按司の妻と、二人の子どもを追って中城荻堂へ向かい、遊んでいた二人の子ども・虎千代と金松を捕らえ、馬天浜で処刑しようとする。そこへ、大里按司の妻をなじゃらと乳母が駆けつけ、敵討は終わったのだから、新たに罪を犯すことはせず、幼い兄弟を助けてくれと命乞いをする」(「国立劇場おきなわ」公演情報)

敵討物ではあるけれども「子を想う母親の義理と愛情を描きながら、最後は和睦に導くという独特の筋立て」(同)による人情劇となっている。玉城朝薫、平敷屋朝敏に次ぐ組踊作者とされる田里には、別に「万歳敵討」の仇討ものがあるので、たんなる仇討で終わらせくなかったのかもしれない。それにしてもなんかご都合主義的なストーリー展開ではないだろうか。
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