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オセアニアの海と大移動、その4 「ラピタ文化」

 ラピタ文化広がる
 オセアニア最古のラピタ式土器が、メラネシアに属するニューギニア付近のビズマーク諸島からポリネシアのサモアにかけての広い地域で発見されている。年代はもっとも古いもので前1600年、新しいものは紀元前後だった。
 ポリネシアへこの文化をもたらした人々(オーストロネシア人)は、メラネシアをへて前1300年ごろにはフィジーから西部ポリネシアのトンガ、サモアに定着したと考えられている。
 彼らはカヌーをつかった航海術をもつ海洋民だったが、タロイモやヤムイモを栽培する農耕民でもあった。土器とともに発掘された黒曜石から、彼らが千数百kmもはなれた広大な交易圏をもっていたことがわかる。
 ポリネシアでは紀元前後から数百年の間に土器をもちいなくなり、焼石をつかった蒸し焼き料理(石焼き料理)が現在まで調理の中心となっている。(国立民族学博物館HP「海のモンゴロイドの拡散 ラピタ人は世界最古の遠洋航海」から)

 ポリネシア人の母胎 ラピタ文化   
ラピタ文化とは、ラピタ式土器に特徴づけられる先史文化である。ろくろを使わず、手で作られた土器である。野焼きをされたものである。胎土には、貝殻などを砕いた石灰性の砂や火山性の川砂が加えられた。土器には割った竹などを押しつけて、円形、半円形或いは直線の複雑な文様が付けられている。
 もともと割った竹を押しつけるのは、オセアニアでは入れ墨の手法なのである。つまり、ラピタ式土器の文様は、後世に衣装や入れ墨のような人間を飾る文様として残った。
 
 紀元前500年以降、フィジー以東では殆ど無紋の土器が主体となる。さらに一部の地域では、全くラピタ系の土器が作られなくなる。フィジーのように別の系統の土器に取って代わられる地域もあるが、全く以後、土器を使わなくなる地域もある。土器は人類進化の指標、とくに新石器文化の指標とされる。ラピタ式土器も盛んに交易された。土器が海上交易の重要な対象であったのであろう。この項は、後藤明著「『海を渡ったモンゴロイド』太平洋と日本への道」から要約して紹介した。

 なぜポリネシアでは土器が作られなくなったのだろうか。
 その理由は「適当な粘土が不足するようになったことと、調理方法が変化して、ウムと呼ばれる地炉での石蒸し焼き料理が主流になったためと推測されています。ただし、ポリネシアで土器が消滅したことは文化が退行したからではなく、新しい生活条件への積極的な適応といえるようです」(「広大な海を開拓したポリネシアの人々(前編)」、ワールド航空サービスHPから)。

そういえば、八重山諸島でも有土器から無土器文化に変わった時代は、食べ物は石焼きで料理していたと考えられるそうだ。ただし、料理方法の変化は、あくまで土器をもたないから料理は土器を使わない石焼きに変化したのだろう。
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