レキオ島唄アッチャー

朝を「すぃとぅむでぃ」というのはなぜか

 八重山民謡で朝をなぜ「すぃとぅむでぃ」というのか

八重山民謡には「すぃとぅむでぃ」という言葉が出てくる。朝のことだ。
例えば、父母と死別し、引き取られた先で冷遇される悲話を歌った曲がある。「まへーらつぃ節」である。曲名は、女の子の名前。「まへーらつぃ節」に続けて歌う「とーすい」では、次のように歌いだす。
♪すぃとぅむでぃに ハイ朝ぱなに起きすれ ヤー朝陰下れ ハイ水持ち来まふぇーらつぃ
 早朝に起きると、水を汲んで来い、食事の用意をせよ、薪を取って来いとこき使われることを歌っている。ここでは、早朝を意味する「すぃとぅむでぃ」と通常の朝が対句として言いかえて歌われている。

 この言葉にはじめて接したのは、八重山民謡ではなく宮古民謡だった。家庭の円満をテーマとした「家庭和合(キナイワゴウ)」を聞いたときだ。次のように歌われる。
♪夜や明きどぅさま親よ 起きさまち我が親…今日ぬ一日や 朝ぬ茶から
 (夜が明けたよ 起きてくださいわが親よ…今日の一日は 朝のお茶から始まります)
♪明けしゃるぬ目覚り花よ 早朝(すとぅむてぃ)ぬ目覚り美ぎさ…
 (夜が明けて目覚める花よ 早朝はみんな目覚めて美しい)。
 通常の朝と早朝(すとぅむてぃ)と両方が使われている。
 「家庭和合」は、古い歌ではない。1960年代に宮古島で漲水民謡クラブを結成して活動した棚原玄正氏が作詞作曲した曲だというから、民謡としては新しい曲である。  
                     
 この言葉は沖縄本島の民謡では聞いたことがなかった。八重山、宮古だけかと思っていたら、本島でも使われるそうだ。
 ネットの「琉球語音声データベース」で検索してみると「首里・那覇方言」では「シティミティ /sitimiti/(名詞)」、意味は朝。早朝。太陽が上がったころをいう。「スティミティ /sutimiti/(名詞)」、同じく朝を意味する。今帰仁方言でも、同様の言葉がある。

 ではなぜ朝のことを「すぃとぅむでぃ」というややこしい言葉で表現するのだろうか。先日、八重山方言に詳しい石垣繁先生の話を聞く機会があった。先生に尋ねてみた。先生は「これは、日本の古語の『つとめて』からきています。八重山と宮古で共通する言葉はありますよ」との答えだった。
 ただ、先生は口頭の説明だったので、どういう漢字を使うのかまではわからない。「勤めて」と書くのかな、と勝手に思っていた。
 『新選古語辞典』をめくってみた。すると、次の説明があった
  「つとめて」=「つと」は「夙」の意。
 ①早朝  ②(前夜、事のあった)その翌朝
 「つとめて」とは早朝の意味だということはわかったが、そもそも「夙」とはどういう意味なのか。同辞典を見ると、
 「つとに(夙に)」
 ①朝早く。早朝に②早くから。幼時から
 この説明によると、「夙に」「夙めて」は、朝一般というより、「朝早く」「早朝」のことを表現するようだ。

 ちなみにネットで「Goo国語辞書」を見てみると、次の説明があった。
 「夙(つと)に」
 1 ずっと以前から。早くから。「彼は―その名を世に知られていた」
 2 朝早く。「―起き、遅く臥 (ふ) して」〈読・雨月・吉備津の釜〉
 
 沖縄は古い日本語が残っていると言われる。この「夙めて」も、八重山、宮古などで古い日本語が生きている事例となるのだろう。
 これまで「すぃとぅむでぃ」という言葉にはどうも馴染めなかったが、言葉の由来を知るとこれから民謡を歌う場合も、親しめそうだ。
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