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沖縄戦の戦跡を訪ねて、普天間宮にも戦争の影が

 普天間宮にも戦争の影が
 うるま市に行く途中で、宜野湾市の普天間宮に立ち寄った。琉球八社に数えられ、由緒ある神社だ。とても参拝者が多い。境内の奥に、全長280mにおよぶ鍾乳洞がある。
 その昔、首里の桃原に住む美しい乙女が隠れ籠った伝説がある。この普天間女神や竜宮神など琉球古神道神を祀ったことにはじまり、のちに熊野権現を合祀したという。
 この本殿の裏の洞窟に奥宮が祀られている。扉に鍵がかかっていて、勝手には入れない。希望すれば入ることができる。
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 沖縄戦の際、米軍は読谷から北谷にかけて上陸し、南下したので、この付近も戦場と化した。1945年に当時の神官が御神体を持って、本島の南部、糸満方面に逃げたという。
 普天間宮の付近は戦前、国指定天然記念物にされた見事な松並木があった。でも、沖縄戦の直前に、ほとんどが資材として伐採され、また戦闘の中で消失したという。
 先日、NHK沖縄では、戦争の際、住民がこの洞窟に避難したと証言していた。だから戦跡でもあるのだ。
 
 この神社の裏側に回ってみると、すぐそばまで米軍のフェンスが張り巡らされている。米軍キャンプフォスターで海兵隊施設がある。この神社の敷地そのものが、戦後、米軍により接収され、一時、具志川村(現在うるま市)に仮の宮をつくっていたそうだ。住民の信仰あつい神社だったからだろうか、米軍はその後、敷地を開放して、1949年に元の本殿に戻ったという。地図で見ると、普天間の地域は、基地が広がっているので、基地の一角に普天間宮が食い込んだ形になっている。逆に見れば、由緒ある普天間宮が基地のフェンスに囲まれているのだ。異常である。
 このように幾重にも戦争が影をおとしている神社である。でもまだ洞窟には入っていないので、一度見てみたいものであ

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