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「ションガネー」の語源を巡って

「ションガネー」の語源を巡って
「美ら島物語 沖縄の島唄めぐり 恋し しまうたの風」を読むと、「どなんスンカニ」の語源について解説があった。
「どなん」とは「与那国」のこと。島に渡ることが難しいので「渡難=どなん」と呼ばれているとのこと。「スンカニ」とは与那国の方言で“引っ張る、引っ張られる”の意である「スンクン」が転じたものという。
  「男女の別れを名残惜しむ、後ろ髪を引かれる想いからきたのでは」とドゥナンスンカニ大会実行委員であり安室流協和会師範の玉城孝さんは説明しているそうだ(同サイト)。 
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             沖縄テレビ「与那国ションカネー」の画面から
 「ションガネー」の語源として「しょうがない」からきているという説明をよく聞く。どうもいまいち納得がいかない。それよりは、与那国方言の方がしっくりとくる感じがする。

しかし、これも難点がある。「ションガネー」の囃子が使われる曲は、与那国島だけではなく、多良間島、沖縄本島、伊江島、奄美諸島にもあるからである。与那国の方言の解釈だけで、奄美まで含めてすべて説明がつくとは思えない。
ネットのサイトでも「たるーの島唄まじめ研究」では、次のように解説している。
<大和で流行した「ションガイナ」を囃子言葉に持つ言葉に影響されたという説がある。「ションガイナ」とは、これまた不明で、「そうだね」と相槌を打つ言葉ではないか、といわれている。
 
他方「しょうがない」というあきらめの気持ちとする説もある。
ちなみに「しょうがない」にあたる沖縄語(首里語)はsyooN tataNしょーんたたん。ションガネーではない」(http://taru.ti-da.net/e583325.html) 
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                     沖縄テレビ「与那国ションカネー」の画面から

 奄美には「しゅんかね節 」がある。奄美民謡を研究されている小川学夫氏のサイト「奄美民謡誌」によれば、ヤマト流れのはやり歌が原曲かも知れないという結論となってきたという。
 その理由として、①この歌につきもののハヤシ詞「ササシュンカネクヮ」というのが、本土で安永(1772-1780年)以降、大正年間に至るまで、何度かにわたって流行をくりかえした「ションガイ節」と関係あるのではないかということである。この「ションガイ」の意味は、一般に「しようがない」の意にとらわれているが、「ションガイ」から「シュンカネ」への転化は、全く考えられないことではないであろう
 ②「ションガエ」系統の歌が、奄美だけでなく、沖縄へも流れ込んでいるという事実である。
  ③歌詞の中に、節名として出てきている。「ドンドン節」や「ちくてんぐゎ節」いずれも外来系の歌(前者は本土から、後者は沖縄から)であることが、明らかなのである。
  「本土移入歌説は、信憑性高いもの」と結論付けている。

琉球弧の島々にこれだけションガネ系の曲があると、本土移入歌説というのは合理性をもつのかもしれない。
 といっても「与那国ションカネー」や「多良間ションカネー」などの名曲を歌っていると「しょうがない」という語源説はいまだにしっくりとこないことも確かである。あまり語源にこだわらずに、歌の歌詞を味わって歌っていきたい。
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コメント

先日、同研究所の伊藤幸太くんが「与那国しょんかね」を歌うときに、今のしょうがない、という意味ではなく、どうすることも出来ない、、、という意味のしょんかね~です、と説明していて、なるほど!と思いました!
2015-11-09 Mon 20:34 | URL | Sono [ 編集 ]
 sonoさん。コメントありがとうございました。
 今の「しょうがない」ではなく「どうすることも出来ない」という意味に解釈するのは、歌の内容からいって、かなりしっくりときますね。
 ありがとうございました。
2015-11-10 Tue 12:51 | URL | レキオアキアキ [ 編集 ]

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