レキオ島唄アッチャー

今帰仁の今泊を歩く、その3

 今泊の神ハサギ
 今帰仁城跡は、由緒ある歴史的な場所であると同時に、「今泊の人々にとって信仰の対象の地」でもある。なにしろ城跡には、「カナヒャブの御イベ」「今帰仁里主所火の神」はじめいくつもの拝所がある。グスクの前面にもさまざまな拝所がある。
 戦前は、県外や国外に旅行するときは、住民は出る前に「旅立御願(ウガン)」をし、帰郷したら「解き御願」をした。毎年、城跡の清掃も欠かさず、参詣道路も整備した。
 今帰仁城跡は、カンヒザクラの名所となっているが、これも今泊の住民が、城内や沿道に植樹したものである。
 今泊の集落の中には、いくつかの拝所がある。見たのは二つのハサギである。神ハサギとは、祭祀をとりおこなう拝殿のような建物である。通常「アサギ」と呼ばれることが多い。山原地方はとても多い。
 今泊は、旧今帰仁ムラの「ハサギングヮー」と旧親泊ムラの「フプハサギ」がある。集落は合併をして一つになったけれど、神ハサギは合併せずに二つとも存在している。
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 公民館前にあるのが、親泊ムラの「フプハサギ」。「大きいハサギ」を意味する。もともとは、親泊集落の住民が祭祀を行っていた(写真)。

 屋根は低く、4本柱で支えている。元々は茅葺の屋根だった。いま柱はコンクリート、セメント瓦葺きである。地域によっては、いまでも茅葺き屋根のアサギもある。
 「ハサギの歴史は古く琉球の時代にさかのぼります。『琉球国由来記』(1713年)にはハサギのことが記載されています。明治36年以前に創設されたムラでは、ハサギを設け、神人を置いて、祭祀をおこなわなければならないように制度化されていたようです」(「今帰仁城を学ぶ会」公式サイトの「ハンタ道を歩く」から)
 
 もう一つの「ハサギングヮー」(写真)のある場所がよくわからない。犬の散歩をしていたおじいさんに尋ねた「それは、この向こう、すぐだよ。こちらにくれば見えるよ。そう。その道の向こう側だから」と親切に教えてくれた。
 馬場跡の大道から左に少し入ったら、左手に公園があり、すぐわかった。旧今帰仁ムラの「ハサギングヮー」は、「小さいハサギ」を意味する。旧今帰仁ムラの神ハサギだから、もっと離れた場所にあるのかと、思い込んでいた。でも、海沿いに移転して合併したのだから、近くにあっても不思議はない。
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 「ハサギングヮー」も、「フプハサギ」とほぼ同じ格好の建物だ。 
旧今帰仁、旧親泊の神ハサギとも、祭祀は今帰仁ノロ(ヌルドゥルチ)の管轄だとのこと。

 御嶽がないのはなぜか
 今泊集落で不思議なのは、神ハサギなどはあるが、沖縄の集落にはたいてい存在する御嶽(ウタキ)が見当たらないことだ。ハサギは拝殿にあたるが、神が来訪する聖域が御嶽だ。だから御嶽があって、ハサギがあるのが通常の姿だろう。今泊にはなぜ御嶽がないのだろうか。
 著名な民俗学者の仲松弥秀氏は次のような見解をのべている。
「(今帰仁城は)中城グスクと同様、グスク内には御嶽があって今帰仁村と親泊村が祭祀し、又、志慶真村の御嶽も(グスク内に)存在する。御嶽の所在からすれば、当然このグスク近傍に三ケ村落があったということになる。
 ところが、今帰仁、親泊の両村落は、グスクから下った海岸べりにあって、双方併合して今泊となり、志慶真村は諸喜田村一つになって諸志となっている。しかし、三ケ村落とも現在地には御嶽がない。御嶽が現在地には無く、グスク内に在るとするならば、いよいよこの三ケ村落は今帰仁グスク近傍にあったはずだと考えない訳にはいかない。
 この考えが間違っていないことは、ノロ(神女)火神の所在で一層証拠づけている。
 グスク正門の前面台地面は畑地となっているが、森地になっている処もある。その森中に今帰仁ノロ火神、地頭代火神、トモノカネ火神、それに阿応理屋恵(アオリヤエ)火神がある。これらの火神が在るということは、そこに村落があったという証になる。
                    今帰仁城跡 (2)
                    今帰仁城跡にある「火ぬ神」
 今帰仁城跡の中にある火神
  ところで、阿応理屋恵というのは、その地方一帯のノロの上位にあって、王府と特別につながっている貴神女であり、トモノカネノロは今帰仁ノロの次位の神女をなし、親泊村の出自である。
 これらの材料、即ち、御嶽、神女(ノロ)火神の所在が揃っている以上、グスク前面に今帰仁村、その横隣りのトモノカネノロ火神祠のある付近に親泊村が在ったことが確実となる」
 仲松氏によれば、今帰仁と親泊の御嶽は、グスク内にあるとのこと。旧集落もグスク近傍にあったことを示している。そういう意味でも、今帰仁城跡内にある拝所とその下方にある拝所は、いまでも今泊の住民にとって大切な信仰の場所であることがよくわかる。
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