レキオ島唄アッチャー

かふぬ島 小浜島、その2

「小浜節」をうたい継いだ島びとの心

「小浜節」(クモーマブシ)の歌詞を紹介しておく。
♪小浜てぃる島や 果報ぬ島やりば 大嵩(ウフダキ)はくさでぃ 白浜前なし ヤゥンナ
♪大嵩に登てぃ 押し下し見りば 稲粟(イニアワ)ぬなをり 弥勒世果報(ミルクユガフ)
♪稲粟ぬ色や 二十歳頃女童 粒美らさあてぃどぅ 御初上ぎら
 歌意は次の通り。
♪小浜島は豊かな島だ 大岳を背にして 白浜を前にしている
♪大岳に登って 展望してみると 稲や粟は稔り 平和で豊かな世である
♪稲や粟の色は 二十歳の女性のように美しい 粒が美しく その初穂を神に捧げる
            
             高嶺ミネさん
 歌詞は大浜安伴著の『八重山古典民謡工工四』から引用した。『小浜島 竹富町史第3巻』では、「序章 かふぬ島 小浜島」では、一番は同じ歌詞を掲載している。しかし、島の歌謡を紹介した「伝統文化 歌謡」の項では、一番の歌詞が少し違う。
「♪だんちょ(だんじゅ)てぃゆまりる くもうま(くばま)てぃるすぃまや うふだきば くしゃてぃ(くさてぃ) しるはま(しるぱま)まいなし ヨーンナー」とある。
「♪世間で評判高い 小浜という島は 大岳を背にして 白浜を前にしている」という歌意である。
 この『町史』でも島の代名詞のように使われている「かふぬ島 小浜島」の表現は、こちらの歌詞にはない。「だんじゅてぃゆまりる」は、「島褒め」ということでは共通するけれど、「果報の島」とは少し意味が違う。地元ではこの歌詞でよく歌うのかもしれないが、八重山全体、沖縄本島では「小浜節」といえば「果報ぬ島」という歌詞が定着しているのではないだろうか。 

  ちなみに、「小浜節」は、私のいるサークルの先生は「前はクモーブシと呼んでいたけれど今はクモーマブシと言っていますね」と話す。大浜安伴本は「クモーマブシ」とフリガナをつけている。大工哲弘氏などは「クモーブシ」と呼んでいる。
 もともと小浜島は方言でどのように呼ばれているのだろうか。「クママ」(クバマ)と呼ばれているそうだ。島名の語源について説がある。
 西表島の古見から分村して移住した口碑伝承をもとに、クン(古見)ママ(小さい)という意味の呼称だという。ただ、いつどのように移住したのかはっきりしない。
 東恩納寛淳著『琉球人名考』は、「潤八馬」(ウバマ、1392年、明史)、「阿歩馬」(ウバマ、1416年、明史)、「阿勃馬」(ウバマ、同)を紹介している。時代は「クンママ」以前のことだとのこと。
 クママは、古く小浜島には9つの間切(集落)があり、それが転じたともいわれる。
 いれいしても「小浜」の文字が島名に使用されるようになったのは、近世期以降のことだという。

 この「小浜節」について『町史』では、「《小浜節》をうたい継いだ島びとの心」を、次の3点に集約(要旨)できるとしている。
第1に、「豊かな自然と歴史・文化に根ざした“平和の心”」である。端的にいえば、愛と信頼を基に、島人の繁栄と幸福を願う“平和の心”である。
第2に、「人々の健康・命果報(ヌチカフウ)と胆心を大事にする“豊穣の心”」である。
第3に、「昔世、神の世を乞い願う“弥勒世果報”の心」である。
 この曲が、島人を胆心(チムグクル)を深く表現していて、島人をはじめみんなに愛され歌い継がれていることを改めて実感させられる。
スポンサーサイト

八重山民謡 | コメント:2 | トラックバック:0 |
<<フォーク&ジャズライブを楽しむ | ホーム | かふぬ島 小浜島、その1>>

コメント

これだけたくさんの呼び方がある曲も珍しいかもしれませんね。それだけ、多くの人に愛されている証拠でしょうか。

ちなみに、うちの研究所では「クモーブスィ」という言い方もよくしますよ!

ネットで調べてみましたら、こちらのリンクにも少し解説がありました。

https://www.churashima.net/shimauta/03/

一曲のことで、これだけ色んな話ができる八重山民謡。その奥深さに敬虔な思いが沸いてきます。

本当に素晴らしいですね。
2015-08-07 Fri 17:09 | URL | sono [ 編集 ]
sonoさん。コメントありがとうございした。
 紹介していただいたリンク見てみました。ホントに呼び名がいくつもありますね。「クモーブスィ」という呼び方はもっとも伝統的かもしれないですね。
 一つ一つに曲にその背景、島にいきる人々の思い、願いが込められていて興味が尽きないです。 
2015-08-08 Sat 00:15 | URL | レキオアキアキ [ 編集 ]

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

| ホーム |