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かふぬ島 小浜島、その1

かふぬ島 小浜島

八重山古典民謡の名曲に「小浜節」(クモーマブシ)がある。『小浜島 竹富町史第3巻』を読んでみた。
 八重山諸島のほぼ中央にある小浜島は、島の北側に標高99・4㍍の大岳(ウフダキ)があり、頂部に登ると360度見渡せるという。まだ一度も行ったことがない。
 小浜島は民謡でも「果報ぬ島」と歌われている。八重山古典民謡の自分の村、シマを褒める村褒めの曲は、「果報ぬ島やりば」(真謝節)とよく歌われているので、そのたぐいの表現かな、と思っていた。でも、小浜島の場合は単なる村褒めの常套句ではなく、実際に恵まれた条件のある島だそうだ。
『小浜島 竹富町史第3巻』は次のように記述している。
「利水条件は比較的良好である。台地、段丘がその地形的特徴をなし、しかも河川をもたない小さな島に利水の便があることは珍しい。 
                      小浜島

 島の水田は多くは天水田であり、水田は透水性が低く、地固めさえしておけば降水によってすぐに水は溜まる。また、深田も多く、耕運機などを持ち込めないところは水牛に頼ることも多い。
 それに土壌に優れ、水も豊富でサトウキビを主に多くの米や農作物が栽培できる豊かな村落である」
 小浜島は芸能も盛んで、とくに優れた笛吹きが多いという。
「祭祀や信仰に裏打ちされた伝統芸能も豊かで、特に結願祭(キツガン)では数多くの芸能が演じられる。
 島びとは三線を弾き、笛を奏でる芸能好きが多いことで知られる。竹は笛をつくるに最適な材料で、島には笛づくりの名人が多い。 
  「島びとは旧盆になると、学童らはカンザンチクの竹をこしらえて即興的に笛を吹く。このため島には優れた笛吹きが多い。島の祭儀に演じられる奉納芸能では、笛が常に旋律を先導してきたことも、笛の普及を即してきたように思える。…舞踊研究所の発表会や民謡大会では笛吹きの地謡(ジカタ)に小浜島出身者が多いことは、幼いころから笛に親しみ慣れていることから、当然のように思える」(『小浜島 竹富町史第3巻』)
 島にはリュウキュウチク(コバマダケ)の竹林の群落が見られる。竹笛の材料に恵まれていたそうだ。八重山民謡は、三線に竹笛が加わることによって、素朴で八重山らしい雰囲気に包まれて、とても味わいのある演奏になる。 
                       大岳山頂からの眺め
                         大岳山頂からの眺め(竹富町観光協会HPから)

<島を代表する民謡といえば《小浜節》である。『果報の島』をうたい、荘厳でゆったりした曲調が、すべてを包み込むような懐の広さを感じさせる>
 <民謡《小浜節》にある「大岳バ クサディ 白浜 前ナシ」という歌詞は、北西に大岳という「腰当森」があり、それに近接した2カ所の御嶽(照後御嶽=ティダクシワン、仲山御嶽=ナカヤマワン=・佐久伊御嶽=サクッピィワン)の南側に成立した集落は、立地条件としては理想的なものだった。そして、集落の南側には景色のよい白浜が広がる。(御嶽を島ではワンと呼ぶ)
 民俗学的には「腰当(クサティ)」と「おそい」の関係にあるのが現集落と大岳の位置関係であろうと思われる。>
 八重山民謡にはこの「腰当」がよく登場するが、はじめはなかなかなじめない。そこには、民俗的にみて、とても深い意味が込められている。
<腰当とは、幼児が親の腰にすわっている状態と同じく、村落民が祖霊神に抱かれ、その膝にすわって腰を当て、何らの不安も感ぜず安心しきって寄りかかっている状態をさす。おそいは「愛護・育成」という神の機能であることが知られ、進んでその繁栄と幸福・平和を常に念頭においている。それが愛の動作として現れる。(『小浜島 竹富町史第3巻』)>
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コメント

小浜節の解説、「すべてを包み込むような懐の広さを感じさせる」はとても素晴らしい表現ですね。まさに!という感じで、納得!!!でした。

また、その懐の深さはどこから来るのか。大岳を腰当てにした島人の安心感から来ているという、これまた、納得!!!「腰当て」の深い意味を初めて知りました。ありがとうございます!

小浜節は私の好きな八重山民謡の一つですが、また、歌うときにこの情景とゆったりとした安心感を思い浮かべながら歌えたらいいな、と思いました。

素晴らしい考察をありがとうございました。これからも楽しみにしております。
2015-08-07 Fri 08:31 | URL | sono [ 編集 ]
sonoさん。コメントありがとうごました。
小浜節は八重山の三大抒情歌と言われますが、ションガネーのような哀調感ではなく、単なる村褒め曲とも違って、確かにゆったりとした懐の深さがありますね。
 「腰当」の表現は、よく使われるけれど、なかなかなじみがなかったですが、こういう解説を聞くと、歌に込めた島びとの思いが伝わりますね。
 
2015-08-07 Fri 11:03 | URL | レキオアキアキ [ 編集 ]

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