レキオ島唄アッチャー

パナリ焼とザンの島、新城島。その7

「前ぬ渡節」
 本島民謡で人気のある「遊びションガネー」の元歌がパナリ島(新城島)の「前ぬ渡節」である。當山善堂氏は「前ぬ海節」としている。
 歌詞は次の通り。
♪ぱなれーまぬ前ぬ渡(マィーヌトウ) 波照間ぬ北(ニスィ)ぬ渡
  ※スリションガネ スリショウライ(以下ハヤシ略)
♪絹(イチュ)はゆてぃてぃかいす 布はゆてぃ御供す
♪絹ですやすぃかしさ 布ですやゆくしさ
♪ないしゆ舟どぅ 絹やる五反帆どぅ布やる
♪ないしゆ舟ぬとむなか 五反帆ぬ後なか
♪やかた家ば造りようり ともぬ家ば造りようり 
 
 歌意は次の通り。
♪パナリの前の海上に 波照間島の北方の海上に
♪絹の布を延べてご案内します 布を敷き延べてお供します
♪絹の布と言うのは賺(スカ)しですよねー 布と言うのは嘘ですよねー
♪ナイシュニ(五反帆の公用船の意)を絹の布に譬(タト)えたのですよ
 五反船を布に譬えたのですよ
♪ナイシュニの艫(トモ、船尾)に五反帆の船の後方に
♪屋形を造りました 艫の屋根付き部屋を設けました
 この後、屋形の下、部屋の内側に、床をはめ込み、畳を敷き詰めました。どなたをご案内するのか、在番役人、お役人様を案内します。こんな歌詞になっている。
 新城島を発祥の地とする歌である。八重山古典民謡の中には、険しい山道や海上に絹布、布を敷き延べて役人を案内するという歌が「久場山越路節」(クバヤマクイツィブシ)をはじめいくつかある。その一つである。
 面白いのは、山道なら絹布を敷くのもありえるが、さすがに海上に絹布を敷くというのはありえない。だから「嘘でしょう」と問いかけると「ナイシュニ(五反帆の公用船)のたとえです」と答えているところだ。ここにはお役人を丁重にもてなさなければ、という島人の気持ちが込められている。
ただ、新城島は土地や水に恵まれず、水田がないため、西表島に通って耕作するなど、人頭税のもとで苦労を強いられてきたことは先に見た。人頭税は悪平等の税制というだけではなく、地方役人の悪辣な徴税、税の付加、物品の強要などが加わって庶民を苦しめたといわれる。なのに一方では、この曲のように五反船に屋形を造り、床に畳を敷き詰め、役人を手厚くもてなすことを歌っている。
當山善堂氏は「役人の歓心を買いその心象を良くしようと腐心する往時の村びとたちの姿が眼前に浮かび、複雑な思いに駆られるのも事実である」(『精選八重山古典民謡集』)とのべている。
  庶民にとって、五穀豊穣と年貢を完納できることが一番の願いだった。その上で、役人からも公正な扱いを受け、評価されるようになってこそ、心から豊年を祝うこともできる。役人を手厚くもてなすことも、庶民にとって豊かで幸せな世の願いに通じるものがあったのかもしれない。

 「前の渡節」は舞踊「蔵の花節」の入羽として歌われる。その時の歌詞は次ぎの通りである。
 ♪ぱなれまーぬ まいぬとぅ
 ぱてぃろーまぬ にしぃぬとぅ
  スーリ ションカネー スーリ ショーライ
 ♪いちゅはゆてぃ ちぃかいす
 ぬぬはゆてぃ うとぅむす ☆
 (逐語訳)
 ♪離(新城島)の前の渡(海)
 波照間島の北の渡
  スーリ ションカネー スーリ ショーライ
 ♪糸を延えて(その上から)ご招待する
 布を延えて(その上から)お供する
(沖縄音楽大全データベースから)
                       盛和子
                    盛和子さんの「遊びションガネー」はとても味わいがある
 この曲は、沖縄本島では「遊びションガネー」として歌われている。元歌は、恋歌とは何の関係もない。まったくの替え歌で、元歌とは別世界のような歌詞である。囃子の「ションガネー」が使われるところだけが共通点である。いまはなき恋人をしのぶ歌だ。
 歌意は次の通り。
 ♪愛しい人の面影が立たなければ ※サーサースーリ ションガネー 
 ♪忘れられる時もあるだろうに ※以下同じ
 ♪気楽に遊んだ人の面影は あまり思い出すことはないけれど 
 ♪愛しい貴方の面影は 朝に夕に浮かぶ 
 本島のこの曲も、旋律と歌詞の内容がマッチして、しっとりとした味わいがある。替え歌としては見事に成功した名曲だと思う。
新城島の民謡はまだ他にもあるが、とりあえず、私が歌っている、知っている曲だけに限った。
 八重山民謡と沖縄本島の民謡の関係については、別途「変容する琉球民謡―八重山から本島へ」をブログにアップしているので興味があればお読みください。
終わり
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コメント

「絹の布と言うのは賺(スカ)しですよねー 布と言うのは嘘ですよねー」のところは本当に八重山人のユーモア、おおらかさが表れているようで、とっても面白いですね。歌詞はたんたんとした情景描写なのに、曲調がとてももの悲しいのが不思議です。小浜節等にも同じようなものを感じます。表だって歌詞にのせては表現できない、八重山人の苦しみ、哀しみがまた何とも言われぬ美しいメロディーを生んだのではないかと思われます。また、それが、本島に伝わり、今度は、もの悲しい恋歌になっているところが興味深いですね。今回も色々考えさせられる投稿をありがとうございました!
2015-08-03 Mon 09:20 | URL | sono [ 編集 ]
 sunoさん。毎度毎度コメントありがとうございました。
 ほんとにユーモアが大らかでたくましいですね。おっしゃるように、曲調の美しさの内に哀しみを秘めているところがまた魅力なのでしょう。
 本島の「遊びションガネー」や「恋の花」にしても、八重山民謡の秘めている魅了をいっそう引き立てているのかもしれません。
 まだ「前ぬ渡節」を歌えない者がいうのもおかしいですけれどね。
2015-08-03 Mon 17:31 | URL | レキオアキアキ [ 編集 ]

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