レキオ島唄アッチャー

パナリ焼とザンの島・新城島、その5

 「くいぬ端節」(クイヌパナブシ)
 新城島を代表する民謡といえば、「くいぬ端節」だろう。この曲は、沖縄本島では「恋の花」としてまるっきり異なる歌詞で歌われている。私も民謡サークルではずっと歌ってきたが、八重山古典民謡の元歌は、歌いだしてまだ半年ほどである。
『竹富町史第5巻 新城島』では「越ぬ頂節」(上地島)として掲載されている。

《越ぬ頂節》は新城を代表する民謡である。歌詞は8・8・8・6音を基調として琉歌形式で、「~に登って~を見れば~である」という、国見歌の類型的表現を借りながら、クイヌパナから見た四方の景色や風物をおおらかにうたっている。
  第1節は布晒しをしているマカ女の姿、第2節はマチ男のタコ捕りの妙技、第3・4節は男(夫)が捕ったタコをクヤマ女に与えるのを見て嫉妬する妻の様子、第5節はユリの花に見紛うマル女のカカン、第6節は沖を走る帆掛け舟の情景、第7節は航海の予祝がうたわれている。
  とりわけ第7節で「かりゆし」の言葉とともに出てくる「いぬのかじ」も、航海の無事平安を予祝するめでたい語として、古くから使われていた語であることを記憶しておきたい。
 
 歌詞は次ぎの通りである。
1、くいぬぱなぬぶてぃ はまさきゆみりば まかがぬぬさらし みむぬでむぬ
2、うふいしにぬぶてぃ まいびしゆみりば まちがたくとぅりゃ  うむしりきょーぎん
3、まちがとぅたるたくや くやまにうちわたし うるいしとすいてぃ わたしゃるきにゃよ
4、すばにたちゅるひょうや りんちなむぬやりば なびとぅまかいすいてぃ うちわたきにゃよ
5、うふどぅむるぬぶてぃ あがるかいみりば ゆりやはなでぃみりば まるがかかん
6、たかにくにぬぶてぃ にしヰぬとぅゆみりば かたふぶにでぃみりば まふどぅやゆる
7、かりゆしぬふにや かりゆしなぬしヰてぃいぬぬかじでぃみりば  はるがちゅらさ
  
  歌意を紹介する。
1、クイヌパナに登って、浜崎(地名)を見ると、マカ(女の名)の布晒しは 見事なものである
2、大石に登って マイビシ(海の所名)を眺めると、マチ(男の名)の たこ捕りは 面白い狂言のようだ
3、マチが捕ったたこは クヤーマ(女の子)に打ち渡し、珊瑚石の付いたまま 渡して来たよ
4、側に立っていた本妻のヒョウは恪気な女なので、鍋や茶碗など一緒に 打ち割ってしまった
5、大道盛に登って 東の方を見れば、百合の花か見れば マルという女の 下裳(腰巻のようなもの)であった
6、高根久に登って 北方の海を見れば、片帆船(一本マスト)と見れば、 真帆船であった
7、嘉利吉(めでたい)の船は嘉利吉を乗せて 嘉利吉おだやかであれば 走る早さの見事さよ 
                      新城島 (2)
              民謡に歌われた「くいぬぱな」とそこからの眺め(『竹富町史第5巻新城島』から)
 この曲は、高い所から眺めた島の情景が歌われる。女性は布晒、男はタコ捕りをしていると島ののどかな風景を歌っているかと思うと、場面は一変する。
 男(夫)が他の女性に蛸やサンゴ石をあげて、妻が嫉妬に荒れ狂う。暮らしの必需品である鍋や椀を叩き割る。怒りの激しさが伝わる。これだけの短い歌のなかに、ドラマが凝縮されている。いかにも島の日常生活の中から生まれたなかなか面白い曲である。

 音階は琉球音階である。
 安里武康は、「《くいぬぱな節》は本調子の軽快なリズムで、歌も踊りも楽しいものです。島人の楽しい集いには雰囲気が頂点に達すると、どこからともなく自然に沸き起こり大合唱となる我が愛するパナリの歌です」と紹介している。
  新崎善仁は《越ぬ頂節》の面白さについて、「速度を早めれば『雑踊り』の伴奏に適し、また、ゆっくり弾奏すれば見事な琉球古典音楽に様変わりする独特な味をもっている。このような幅広い多様性をもっている民謡はそう簡単に創れるものではない」とのべている。
  結願祭ではこれに振り付けられた二才踊りが奉納される。 
 
 本島で歌われる「恋ぬ花」は、歌の内容はまるっきり異なる恋歌である。上手な人がしっとり歌うととても情感のある曲だと思う。ところが元歌の「くいぬぱな節」は「軽快なリズムで、歌も踊りも楽しいもの」と聞いて、意外な感じがした。でも、歌詞を見ればなるほど、と納得がいく。
 話しは、少し横道に入る。私が使っている工工四(クンクンシー、楽譜)は、大浜安伴さん編集のものであるが、3番の歌詞に「うるいしとすいてぃ」の部分を「居る石と添いてぃ」という漢字を当てている。「居る石」とはいったいなんだろうか、と歌うたびに疑問があった。『竹富町史第5巻 新城島』によれば「うるいし」とは珊瑚石のことだと解説している。それで歌の意味がわかった。
 「うる」とは砂・珊瑚を意味しているので、「居る」の字を当てるのは誤解をまねくのではないだろうか。當山善堂氏は『精選八重山古典民謡集(三)』で、「珊瑚石(うーるいし)とぅ添いてぃ」と表記し、「居る」ではなく「珊瑚」の字を当てている。
 八重山民謡は歌詞が長いので、全部は歌わず、省略するのが通例になっている。人によっては、この曲の3,4番の歌詞は下品だからといって飛ばして1,2番から5,6番に飛ばすことがある。でも、この曲の歌詞は、くいぬぱなから眺めた情景が描かれ、一つの物語のように展開される。男が他の女性と仲良くする光景を目にして嫉妬するシーンがとてもユニークで、意外性のある歌詞なので、これがないと面白味に欠ける。下品といえば、5番の歌詞のほうがもっと品がないと思う。でも、八重山の民謡は、性描写を含めて素朴でおおらかに描くところに、古い時代の歌謡が描く人間模様の面白さがあるように思う。
  この曲でもう一つ難問がある。6番の歌詞にある「片帆船と見れば、真帆船であった」というくだりをどう解釈するのかということである。
  喜舎場永珣氏は『八重山民謡誌』で、この曲について、次のように解説している。
「人頭税時代には新城島にかぎって、米石の外に『ザン魚』の肉(海馬)を首里王府へ献納する規定であったが、その捕獲する船は他船と異なり「一本マスト」、すなわち片帆船であった。
  自分の良人(おっと)が、献納ザン魚を捕りに行ったが、数日になるまで帰島しないので良人を愛する妻は、人目を忍んで一人北方にある高根久と称する「盛り」に登って、北方(石垣島方面)を展望していると、地平線上に帆がちらっと見えたので、これはまさしく我が良人のザン捕りの片帆船だと糠喜びしていた所、近づくにつれよく見れば、船は真帆であった。妻の失望落胆はいかばかりであったろうかの意」とのべている。
  ただ、當山善堂氏はこの解釈には「違和感があります」とする。片帆船を「ザン魚」と結びつけ、「良人を心配する妻」という解釈は「深読みしすぎではないか」と疑問を持っている。ただし、なお「検討・研究を深めたい」としている。
 「片帆船と思って見ていたら真帆船だった」という歌詞が、たんなる情景描写で、そこになんの意味合いもないとすれば、歌として単純すぎる。島の男たちがザン捕りに船で近海に出かけていた習俗からみて、妻が夫のことを心配して海を眺めることは日常の光景だったのではないか。ザン捕りから帰って来た船かと思って見ていたら、別の船でがっかりするということも、ありうることだろう。素人の私としては、喜舎場氏の解釈は捨てがたいと思う。この歌詞には、なんらかの背景があり、意味合いが込められているのではないか、と思うからである。
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コメント

なるほど!居る石は珊瑚石のことだったのですね!また、一つ情景が広がりました。この「くいぬぱな節」は一番最初に覚えた早弾き曲かもしれません。ストーリーがたった今、目の前で展開されているような描写力が素晴らしいですよね。私も大好きです。分かりやすい解説をありがとうございました(*^^*)
2015-07-28 Tue 08:14 | URL | sono [ 編集 ]
sonoさん。コメントありがとうございました。「居る石」では意味不明。「うるま島」の語源も珊瑚ですから、「珊瑚石」で納得できました。
「くいぬぱな節」は短い歌詞の中に、いかにも昔の島の情景と物語世界が展開されて面白い曲ですね。いつか速弾きにも挑戦してみたいです。
2015-07-28 Tue 08:40 | URL | レキオアキアキ [ 編集 ]

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