レキオ島唄アッチャー

ジョン万次郎は粟国島に上陸?、その1

 万次郎は粟国島に上陸?

 『粟国島の民話』を読んでいたら、与那城カマドさんの話として「ウランダーの来訪」の伝説が紹介されていた。アメリカ人とみられる「ウランダー」が上陸して島に人々と会って、牛を2頭もらって帰ったという話である。これを読み、ハッと思ったのは、ジョン万次郎のことだった。漁船で遭難してアメリカの捕鯨船に救助された万次郎が、琉球に上陸して半年間滞在して土佐に帰るよりも前に、一度琉球列島のどこかの島に上陸したことがある。その島がどこだったのか、いまだに判明していない。「上陸した島というのはもしかして粟国島ではなかっただろうか」。そんな思いが頭をよぎった。
 その理由を書く前に、粟国島の伝説「ウランダーの来訪」を紹介する。
            粟国島
                  粟国島(粟国村観光協会HPから)         
 この粟国に唐船(とうぶに)といって人喰い島の船が、今の防波堤の外に着いたって。「人喰い島の唐船が来た。もう大変なことになるよ。」
 と言って、村は戦(イクサ)のように大騒動になったわけさあ。
 唐の人喰い島なんて、見たこともないし、分からんからよ。本当は、アメリカ―だったんじゃないかね。
 ボートからアメリカ―3人が、みんな降りて来るわけさ。その人の言う言葉が分からんから、誰かが喰われるんじゃないかと思ってよ、ちょうどこの戦の特攻隊のように、青年達から先に出しておるわけよ。 
 そしたら、船から降りてきたこのアメリカ―は、こんな風にモーと言って、角の形を作るさあ。言葉は分からんから、自分たちで、手真似してモーと言ってよ。そしたらナゲー屋(字浜の屋号)始めは牛を出したって。もうどんな災難になるかもわからんから、これたちが言うだけは、すべて言われるままに取らしておるわけさ。
 それからまた、コーレーグシュー(とうがらし)をバーコーレーといったから、またそれも言葉が分からんさあねえ。
 「バーコーレーというのは、分からん。」
 言ったら、あれたちが、
 「シーハーハー。」
 としていたって。
 「あはあ、これは、コーレーグシューだろうな。」
 とコーレーグシューをみんなから集めて、それを取らしておるわけよ。
 今度は、羽叩いてココーオウといったので、鶏なわけよ。
 「あはあ、鶏やさ。」
 と言って、鶏を取らしたら、アメリカ―は、ボートに乗って、すぐバイバイして行っておるわけさ。
 もうこれかでよ。これは、番所(島の役所)の浜川バーバー(浜川家のお婆さん)が七つ、私たちの祖母が五つ、その夫が三つのときにあったことだよというよ。もうその人たちのときだから、やがて、百年以上になるかね。
  (昭和56年=1981=8月16日聴取)
 100年以上前に異国船が島に来て、ボートでアメリカ人らしき人3人が上陸し、恐ろしいので牛2頭と鶏を与えた帰っていったことが語り継がれている。伝説といってもとてもリアリティーが感じられる.。
スポンサーサイト

沖縄の歴史 | コメント:0 | トラックバック:0 |
<<アルテで「伊計離り節」を歌う | ホーム | トリプル台風なんて、尋常じゃない>>

コメント

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

| ホーム |