レキオ島唄アッチャー

沖縄戦の戦跡を訪ねて、旧海軍司令部壕

 旧海軍司令部壕
 那覇市小禄と豊見城市にまたがって旧海軍司令部壕がある。沖縄戦のさい、海軍の沖縄方面根拠地隊司令官だった大田實中将が、米軍の進攻を受けて自決したのが、1945年6月13日だった。海軍司令部壕の最期である。日本軍の組織的抵抗が終わった日とされる6月23日より10日前である。
 この旧海軍司令部壕には、もう6年ほど前に行った。小高い山頂部に、地下壕が掘られて、そこに海軍司令部があった。
                        壕内
                        写真は、壕の内部
 最初にガマ(洞窟)を模して造られた資料館に入った。沖縄戦の経過や約四〇〇〇人が立てこもった壕での、司令部と兵士の悲惨な最期を示す展示物を見る。その後、緩いスロープを降りていくと、中はアリの巣のように壕が張り巡らされている。
 壕の中は狭い。作戦会議室、暗号室、司令官室、医療室、一般兵士が牛詰めにされ、立ったまま眠った部屋などがある。最期に自決した時の手りゅう弾の跡が壁に残り生々しい。これほどのトンネルの壕を掘るだけでも、軍民の苦労はどれほどであったのか。その上、追い詰められて、無謀な斬り込みを繰り返し「玉砕」する兵士⋯⋯。こんな戦争を絶対に繰り返してはならないとの思いを新たにする。
                       大田實司令官の電文
                    大田司令官の電文  
 ただ、兵士も沖縄県民も勇敢に戦ったという大田実司令官の報告が掲げられ、軍が英霊扱いされている感じがしてならない。それが気掛かりだ。後日知ったことだが、大田司令官の息子が、この旧海軍壕跡を訪ねて「この壕の目的は何だ、反戦恒久平和を祈念するとあるが、訪れる観光客が本当に戦争の無意味さ、非人間性を知る手助けになるのか、次から次へと湧く疑問に私はいらだった」と疑問をもったそうだ。
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